第12回(平成24年度)山崎貞一賞 材料分野

DyフリーNd-Fe-B系異方性ボンド磁石の研究開発とモータへの応用

受賞者
本蔵 義信 (ほんくら よしのぶ)
略歴
1974年 3月 名古屋大学 理学部 物理学科
同年 4月 愛知製鋼(株) 入社
1991年 12月 名古屋大学 工学部 工学博士号取得
1998年 1月 愛知製鋼(株) 第4開発部 部長
2002年 6月 愛知製鋼(株) 取締役
2010年 6月 愛知製鋼(株) 専務取締役
2012年 6月 愛知製鋼(株) 技監
現在に至る

授賞理由

 NdFeB磁石は焼結磁石とボンド磁石に分けられる。前者は磁石特性が優れているものの形状の自由度が制限されるのに対し、後者は設計の自由度が高いが、磁石特性は前者に比べかなり劣っている。また、NdFeB磁石を数100°Cで使用すると、保磁力の低下に伴い磁石特性が劣化するためNdの一部を高価なDyで置換した磁石が用いられている。このため、Dyフリーでかつ高性能なNdFeBボンド磁石の開発が望まれてきた。
 本蔵氏はこれらの問題に取り組み、高性能磁石作製のための磁石の粉末(磁粉)を製造する熱バランス炉を用いた方法を開発した。更に保磁力を増加させるため混合拡散処理を磁粉に施すことにより、Dyフリーで耐熱性に優れた高性能NdFeB磁粉(マグファインと命名)を開発した。この磁粉を用いて作製したボンド磁石で自動車用の小型モーターの実用化を実現した。
 現在自動車用小型モーターに加えて種々のモーターへの実用化を展開中であり、今後市場が益々拡大することが期待される。また、開発した技術はDyフリーで高性能磁石特性を実現したもので、省エネルギーに加えて稀少元素戦略の観点からも重要な発明である。
 以上の理由により、本蔵義信氏を第12回山崎貞一賞材料分野の受賞者とする。

研究開発の背景

 永久磁石は、主にNdFeB磁石とフェライト磁石の2種類、製造方法面で焼結磁石とボンド磁石に分けられる。1983年に発明されたNdFeB焼結磁石は、フェライト磁石の10倍もの磁力性能を有し、モータの効率の飛躍的改善に寄与し、産業基盤を支える重要な技術のひとつとなっている。しかしNdFeB焼結磁石は、温度や逆磁界による減磁対策のためにNdの一部を希少なDyで置換して保磁力を改善しており、資源安全保障の観点から問題となっている。また焼結磁石は形状制約が大きく次世代モータ開発の制約条件の一つとなっている。NdFeB焼結磁石に代わって、高性能で設計自由度が高いしかもDyフリーのNdFeB異方性ボンド磁石の開発とそれを活用した次世代モータの開発が望まれている。

業績内容

 NdFeB異方性磁粉の開発は、1980年代からNdFeB合金と水素との結合・分離反応を基礎に取組まれてきた。水素吸収により、NdFeB + H2→NdH2 + Fe + Fe2Bと3相に分解、続いて水素放出により再結合し微細なNdFeB再結晶組織となる。90年にCo元素を添加すると反応後に、異方性が発現することが発見されHDDR反応として定式化された。しかし反応は非常に不安定で実用化は困難を極めた。しかもこの不思議な現象のメカニズム解明も進まなかった。

図1 磁気特性と水素圧力の関係
図1 磁気特性と水素圧力の関係
図2 Texture Memory Effect
図2 Texture Memory Effect

 本蔵らは、異方性は水素圧力と反応速度に依存し適切な条件でのみ発現(図1:d-HDDR現象)することを発見した。Co元素は反応速度を遅らせていたに過ぎなかった。この発見を基に反応速度を安定させてd-HDDR反応を実現できる熱バランス炉を開発し安定的な量産を実現した。この炉は水素吸収反応時の発熱を内蔵した逆反応炉の冷熱でキャンセルする構造の炉である。さらに異方性発現メカニズムとしてFe2B相のメモリ説を提唱し、ドイツIFW研究所のOliver教授の協力を得て、Fe2B相が同一方位を保持していることを実証した。(図2:Texture Memory Effect) このd-HDDR反応において異方性と保磁力の基本特性は背反挙動を示す。Fe2B相メモリ説によれば、異方性確保には長時間ゆっくりとした反応が重要だが、保磁力は微細な結晶組織とNdリッチ粒界相とを短時間で形成させることが望ましい。そこで反応プロセスを機能別に3つに分けて異なる炉で実施した。重要なd-HDDR反応は熱バランス炉で厳密に反応速度を制御して、異方性と微細な結晶組織構造を実現した。最終の完全脱水素工程は、回転キルン炉を使いNdCuAl合金と混合し、Cu,Alを拡散させ粒界にCu,Alを含むNdリッチ相を形成させ、図3に示すように保磁力の大幅改善を図った。これによりDyフリーでBHmaxが40MGOe、保磁力18kOeを持つ優れたNdFeB異方性磁粉を開発(マグファインと命名)に成功した。

図3 保磁力とNdCuAl量の関係
図3 保磁力とNdCuAl量の関係

 自動車用小型モータの小型軽量化の課題について、NdFeB磁石、フェライト磁石などすべての磁石で軽量化設計が試みられた結果、マグファインを使って1/4の小型化軽量化(図4)を実現した。性能とコスト両面で従来モータを凌駕するモータの開発に成功した。高出力モータの分野では、NdFeB焼結磁石に比べて磁石単体では磁気特性が劣るマグファインを使って同一のパワーと効率を実現できるかが課題であった。従来の設計法は、温度や逆磁界による減磁対策は磁石の保磁力アップで対応してきた。本蔵らは、設計の工夫により対策は可能であることを明らかにして新型設計を提案している。すでにエアコン、電動バイクなどの分野で設計自由度を活かして理想的なモータ設計を行うことでその課題を克服できることが試作実証されており、来年には実用化が予定されている。

図4 小型DCモータの軽量化設計
図4 小型DCモータの軽量化設計

本業績の意義

 今後のd-HDDR反応の研究に関しては、異方性は現在80%程度であるが、それを90%以上に改善する研究が行われている。保磁力が20kOeで最大エネルギー積45MGOeというNdFeB焼結磁石を凌駕する磁粉が製造することも夢で無くなると思う。 実用面では、マグファインは小型モータ分野では高出力小型化を可能とする磁石として、自動車用シートモータ、ABSモータ、リアワイパー、電動工具、福祉機器モータなど数多くの分野で実用化されている。また高出力モータ分野では、電動バイクで一部採用されているが、今後エアコン、冷蔵庫、洗濯機、EPS、電動農機具、EVモータ、発電機などでのNdFeB焼結磁石との競合で打ち勝つことが期待される。現在の生産量は月40トンであるが、その使用量は近い将来1万トン以上へと急速に拡大していくと期待される。DyフリーのNdFeB異方性ボンド磁石は、フェライト磁石、NdFeB焼結磁石と並ぶ3大磁石の一つとなり、次世代モータの基本磁石となると期待されている。

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