第6回(平成18年度)山崎貞一賞 計測評価分野

バイオトランジスタによる生体分子認識の電気的検出と遺伝子解析技術への応用

受賞者
宮原 裕二 (みやはら ゆうじ)
略歴
1985年 3月 東京工業大学 理工学研究科
電気・電子工学専攻 博士課程修了 工学博士
同年 4月 (株)日立製作所 中央研究所 入社
1988年
〜89年
4月
3月
スイス連邦工科大学(ETH) 客員研究員
2002年 10月 (独)物質・材料研究機構 生体材料研究センター
バイオエレクトロニクスグループ ディレクター
2006年 4月 東京大学大学院 工学系研究科 マテリアル工学専
教授 兼務
現在に至る

受賞者
坂田 利弥 (さかた としや)
略歴
2003年 3月 大阪大学大学院 工学研究科 マテリアル科学専攻 
博士課程修了 博士(工学)
同年 4月 (独)物質・材料研究機構 生体材料研究センター
2006年 9月 東京大学大学院 工学系研究科
マテリアル工学専攻&ナノバイオ・インテグレーション
研究拠点
現在に至る

授賞理由

  宮原裕二氏は20年以上に亘り一貫して傾注してきたセンサーの研究・開発のなかで、種々の斬新な計測方法論を創造してきた。特記すべきは、Manz A.博士と共同で行った微小総合化学分析システム(μTAS:micro total analysis system)の世界最初の開発である。この記念碑的論文は1990年に発表された。半導体微細加工の技術を応用して、超小型の液体クロマトグラフを実現し、実際の性能・特質を示した。微細加工技術による微小計測システムや微小化学反応システムの概念は、その後広汎に受け入れられ、本年11月に日本で開催される「μTAS2006」は第10回目の国際会議となる。
 宮原氏は坂田氏と共にさらに一歩を進めて、半導体素子の原理を溶液中の化学反応と組み合わせる試みを進めた。それを生体分子の検出に応用し、さらに、DNAの機能分析へと発展させた。特に、電界効果トランジスタ(FET: field effect transistor)のゲート上で、種々の生体分子認識反応をデザインした手法が、新たな計測方法論を生んだ。DNAが負の電荷を有していること、そして電界効果トランジスタがゲート絶縁膜表面の電荷密度変化に敏感である性質を利用し、ゲート表面ナノ領域でDNAの特異的分子認識反応を行わせる場を構築した。これによってDNA分子の機能情報を半導体中電子との静電的相互作用によって検出する。実際に、一塩基多型解析、DNA塩基配列解析の基本原理を実験的に証明した。
 電界効果トランジスタを水溶液中に浸漬する最初の試みは古くにあったが(1970 年)、抗原抗体反応の検出に用いる際には困難があった。例えば、抗体の展開的な大きさは約10 nm程度であるが、生理学的塩溶液中でのデバイ長は約1 nmである。すなわち、溶液中の抗原は電気二重層の外で抗体と結合することになり、抗原の電荷は対抗イオンによって遮蔽されてしまう。しかし、希薄緩衝溶液を用いるとデバイ長は一桁拡大され、また、DNAは20塩基長(6.8 nm)程度の短い断片でも相補的DNAに対して特異的親和性を示すことから、デバイ長の範囲内でハイブリダーゼーション(相補鎖結合)などの分子認識反応を行わせることが可能であることに宮原氏らは気付いたのである。さらに、DNA相補鎖結合の結合力が大きいので、反応過程と計測を分離させることによって、計測時の測定条件を厳密に制御できることも幸いした。
 上記のバイオトランジスタは、微細加工技術によって作製される。生体分子認識から電子信号変換までを一つのチップ内で統合しているため、全体システムの小型化に適している。そのために、小型で可搬型の生体分子解析システムが実現できる。従来、大病院のみで行われていた高度な遺伝子検査が、診療所、病院の病棟、サテライトラボなど小規模の施設で実施でき、また、創薬やゲノム研究に活用できる可能性が大きいと考えられる。

研究開発の背景

 1970年に電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor, FET)を用いた最初のイオンセンサが報告されて以来、高分子膜や固定化酵素膜と組み合わせたイオンセンサ、バイオセンサの研究が活発に行われてきた。しかし蛋白質や核酸など分子量の大きな生体分子の検出は電界効果トランジスタのゲート上では困難との見解が広く受け入れられていた。一方、遺伝子機能解析の分野では、電気泳動と蛍光検出を組み合わせたDNAシーケンシング技術が広く用いられ、ヒトゲノムプロジェクトの完了に多大な貢献をした。最近では他の生物のDNA 塩基配列解析のニーズが高まっており、従来のDNAシーケンサに代わる、簡便、高スループットなDNA塩基配列解析技術の開発が望まれている。


業績内容

 受賞者は従来のFETバイオセンサの課題に対して、主に以下の点を考察して技術的に解決することにより、分子電荷を直接検出する方式の遺伝子解析技術を世界に先駆けて開発した。バイオトランジスタは生体分子認識と電界効果トランジスタを融合させ、ゲート上で様々な分子認識反応をデザインし、その特異的結合を検出する新しいバイオデバイスである。DNA分子が負の電荷を有していることを利用し、ゲート表面ナノ領域でDNAの分子認識反応を行わせる場を構築し、DNA分子の機能情報を半導体中の電子との静電的相互作用により検出する。受賞者は第一に、ゲート表面のDNA分子を高感度に検出するためには溶液/ゲート絶縁膜界面の電気二重層の幅(デバイ長)の制御が重要であることを考慮し、DNAプローブの塩基長及び緩衝溶液の濃度を最適化した。これによりデバイ長の範囲内で分子電荷密度の変化を誘起させることができるようにした。第二に、DNA相補鎖結合の結合力が大きいため、従来のFETバイオセンサと異なり、分子認識反応と電荷測定の工程を分離することができる点に着目した。緩衝液濃度など制御された環境でDNAの電荷測定を行うことができるため、デバイ長を制御することが可能となる。第三に、ゲート上でハイブリダイゼーションを行わせるだけではなく、インターカレーションや伸長反応などDNAが関与する分子認識反応を行わせて反応の特異性を向上させ、S/Nの高い測定を実現した。特に酵素Taq DNAポリメラ―ゼを用いた伸長反応と電荷測定を組み合わせて一塩基の違いを検出できることを確認し、一塩基多型解析及びDNAシーケンシング解析を実現した。本法では1種類のみの酵素の使用でDNA塩基配列を解析することができ、反応系、測定系が簡便になる。バイオトランジスタは半導体微細加工技術により製作されるので、集積化・高密度化が可能であり、高スループットDNAシーケンシング技術のキー技術になる。


本業績の意義

 バイオトランジスタによる遺伝子解析技術は、分子電荷の直接検出という新しい原理に基づいており、従来の蛍光検出のようにレーザーや光学系が不要であり、小型の遺伝子解析システムを実現するのに有効である。したがって、中・小病院や診療所など身近な医療機関で高度な医療を提供することが期待される。また、バイオトランジスタはエレクトロニクスとバイオテクノロジーの融合分野の具体的デバイスであり、異分野の境界・融合領域の研究がますます進展することが期待される。

写真

↑このページの先頭へ