第9回(平成21年度)山崎貞一賞 計測評価分野

社会の安全・安心に資するリアルタイム質量分析技術の実用化

受賞者
高田 安章 (たかだ やすあき)
略歴
1990年 3月 九州大学 総合理工学研究科 修士課程修了
同年 4月 株式会社日立製作所 入社
1998年 3月 東京大学 工学系研究科 博士(工学) 取得
現在に至る

受賞者
山田 益義 (やまだ ますよし)
略歴
1994年 3月 東京大学 工系研究科 修士課程修了
同年 4月 東洋エンジニアリング株式会社 入社
1998年 4月 株式会社日立製作所 入社
2006年 12月 東京大学 工学系研究科 博士(工学)取得
現在に至る

受賞者
橋本 雄一郎 (はしもと ゆういちろう)
略歴
1997年 3月 東京大学 理学系研究科 修士課程修了
同年 4月 株式会社日立製作所 入社
2007年 4月 東京大学 総合文化研究科 博士(学術)取得
現在に至る

授賞理由

 現代社会では多くの人が集中する場所やサービスには、ハイジャックや無差別テロなどの危険がある。したがって、危険物の検知による安全の確保が重要な課題である。受賞者らは質量分析計を超高感度、かつ、高選択性を実現する様に改善し、爆発物、化学テロ関連物質、麻薬などの不正薬物、ダイオキシン前駆体、PCBなど、社会に危険や高度な不安をもたらす物質を速やかに検出することを特徴とする技術を開発して現代社会の課題に挑戦した。この特徴を実現するために、高感度質量分析計のイオン化部において、分析ガスの流れと質量分析部への流れとを対向させることにより妨害成分の影響を低下させ、対象成分のイオン化効率を大幅に向上させた。
 コロナ放電により空気をイオン化するとマイナスに荷電した酸素イオンと共存する酸化窒素分子が発生する。両者が結合することなく、酸素イオンが対象成分を効率よくイオン化するように流れを変更した点がユニークである。この結果、感度が数倍増加し、コロナ放電電極の寿命が大幅に延長された。
 このほか、現場においてリアルタイムで装置の校正が可能な機能を付加することにより、特別な保守を必要とせず高感度な質量分析装置を空港や環境モニターにおいて長時間連続で使用可能とした。
空港などでは、検査荷物を拭き取った布から蒸発させた対象成分を10秒で分析する。本装置は日米で爆発物検出装置として公的に認証されて、日本や海外の空港などで100台以上が稼働している。アメリカの空港では、より安価なイオンモビリティ法による装置が使用されているが、感度、正確さなどでは本装置が大幅に優れている。受賞者たちは、さらにセキュリティチェックのスループットを向上させるために手や服、手荷物などへの付着物を対象に、ガスを流して連続的に検出するウォークスルー型検出装置を開発中である。
 安全安心の確保という社会の強い要請を受け止め、実現がきわめて困難である課題に挑戦し、優れた技術開発で応え、成果を実社会で立証した点で、本業績が計測・評価分野の第9回山崎賞受賞に十分値すると判断した。

研究開発の背景

 1990年代の社会情勢として、我が国ではダイオキシン汚染が社会問題化していた。また、国外では、共産圏の崩壊に伴い軍事物資の盗難が横行しており、当時立ち上がり始めていたインターネット技術を介して違法な品(爆発物、薬物など)が取引されることを懸念した。これらの状況を踏まえ、安全・安心な社会に貢献するために、環境汚染物質や有害化学物質のリアルタイム検出技術に着手した。
 高真空下で動作する質量分析計は、これまで、測定環境がコントロールされた室内での使用を前提としていた。質量分析計をごみ焼却場などの現場で使用するため、米国環境保護局(EPA)を始め多くの研究機関で技術開発を進めたが、実用化には至らなかった。

業績内容

 受賞者らは、質量分析計をリアルタイムのモニタリング装置として活用することに挑戦した。特に注力したのは、過酷な現場環境で連続使用ができる耐久性の向上と、膨大な夾雑成分の中から目的とする化学物質を見分ける手法の開発である。汚れに強い新しいイオン源、リアルタイムの感度補正方法、夾雑物を増感剤として活用する方法などを開発した。
 その結果、例えば焼却炉排ガスの測定においては、排ガスに含まれる多種多様な夾雑成分の中から、ダイオキシンと相関の高い前駆体を、数ヶ月間メンテナンス無しで連続してモニタリングすることが可能となった。焼却炉の燃焼状態とダイオキシン発生量の関係が明確になり(図1)、ダイオキシン発生量の低減に寄与した。

図1 リアクションタワーの停止に伴う排ガス中ダイオキシン前駆体(トリクロロフェノール、TCP)の濃度変化
図1 リアクションタワーの停止に伴う排ガス中ダイオキシン前駆体(トリクロロフェノール、TCP)の濃度変化

本業績の意義

 我が国においてセキュリティ技術の重要性が認識されていなかった時期から研究開発に着手し、2001年8月(米国同時多発テロの一か月前)には日油株式会社と共同で国産初の爆発物探知機を実用化した。2005年には、爆発物探知機が米国運輸保安局(TSA)の認証試験に合格するなど、セキュリティ技術で先行する米国でも高く評価されている。
 他に、関係各機関の協力を得て、以下のシステムを実用化した。これらの装置は、ごみ焼却場、PCB処理施設、遺棄化学兵器の無害化処理現場、空港、税関などに設置され、社会の安全・安心に大きく貢献している。

  • 焼却炉排ガスの連続モニタリング装置
  • PCB漏えい監視装置
  • 不正薬物探知装置
  • 化学兵器剤検出装置
  •       

 また、最近では、文部科学省の委託業務「安全・安心科学技術プロジェクト」において、「ウォークスルー型爆発物探知システム」の研究開発に取り組んでいる。この業務では、日用品から合成される手製爆薬の脅威から公共交通機関などを守るため、高スループットの探知技術を開発しており、今後の更なる発展が期待されている。

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