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賞状外側 |
賞状内側 |
賞状ブックケースを開くと左側に版画、右側に表彰状が縫い込まれております。賞状ブックケース表面の材質は革で、表紙の文字『山崎貞一(賞)』は故山崎貞一氏の直筆社是の署名よりおこしたものです。 1. 表彰状 褒賞などに使われている和紙を参考に紙質を選びました。文字は手書きの毛筆になっております。 | |
2. 版画 増島理事長の授賞年度の干支ではどうかとの発案をもとに、熊谷守一画伯※の作品『十二支』(版画のオリジナル版)に決めさせて頂きました。 | |
※熊谷守一
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明治13年(1880年)
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4月2日岐阜県恵那郡生まれ |
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明治33年(1900年)
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東京美術学校選科卒業 | |
昭和39年(1964年)
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5月、パリのダヴィット・エ・ガルニエ画廊主催で熊谷守一大個展が開かれ、好評を博す。帰国後、その作品を展観する | |
昭和42年(1967年)
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文化勲章受賞者に内定したが、「これ以上人が来るようになっては困る」と辞退する。この時87歳 | |
昭和47年(1972年)
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勲三等叙勲の内示があるが辞退する | |
昭和52年(1977年)
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8月1日 永眠 享年97歳 | |
人物面 |
文字面 |
ノーベル賞メダルを参考にさせて頂き作製しました。「もともとノーベル賞メダルは24金だったのですが、地面に落としただけで曲がってしまうため、現在の18金になったのです。」という経緯をノーベル化学賞受賞者でいらっしゃる白川英樹選考委員長より伺い、18金で作製することになりました。 1.『山崎貞一初代理事長』の人物画を象った面 山崎貞一初代理事長のご自宅にて、故人の奥様である千鶴子様およびご子息の雄士様にご協力頂き、デザイナーと粘土型を用いて直接相談しながら人物画を象りました。 この人物画は80歳頃の山崎貞一初代理事長の顔をモデルにしたものです。 2.『創造』の文字を象った面 『創造』という言葉は恩師の加藤与五郎先生が生前非常に重視していた言葉で、山崎貞一初代理事長の座右の銘でもありました。 贈呈メダルのデザインに使用されている『創造』の文字は、山崎貞一初代理事長の直筆による当財団の社是(写真下)からおこしたものです。 もう1つの特徴は、『創造』の文字が筆圧により凹凸になっているところであり、これは何かもう少し個性を出したメダルにしたいと考えていた際、白川選考委員長よりご提案頂いたものです。 | |
![]() 山崎貞一初代理事長直筆の社是 | |