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第8回(平成20年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野

多能性幹細胞の維持と誘導

受賞者
山中 伸弥 (やまなか しんや)
略歴
1987年 3月 神戸大学 医学部 卒業
同年 7月 国立大阪病院 臨床研修医
1993年 3月 大阪市立大学大学院 医学研究科 修了
同年 4月 Gladstone Institute, Postdoctoral Fellow
University of California, San Francisco, Research Fellow
1996年 10月 大阪市立大学 医学部薬理学教室 助手
1999年 12月 奈良先端科学技術大学院大学
遺伝子教育研究センター 助教授
2003年 9月 同センター 教授
2004年 10月 京都大学 再生医科学研究所 再生誘導研究分野
教授
2008年 1月 同大学 物質‐細胞統合システム拠点
iPS細胞研究センター長
現在に至る

授賞理由

 山中伸弥氏は、ヒト由来の組織から細胞を培養し、その細胞を人工多能性幹細胞(iPS細胞)に誘導し、かつ多分化能を維持させることに成功した。これにより新しい再生医療の領域の技術革新をおこなった。
 山中伸弥氏はES細胞が持つ初期化誘導因子群の多くは、ES細胞の多能性維持において重要な働きを果たすと考えた。そこで数多くのスクリーニングを行った結果、ES細胞の多能性維持に関わる重要因子を相次いで発見してきた。そのES細胞の多能性維持において重要な働きをする因子のうちで、ES細胞で特異的ともいえる程強く発現する因子として24因子を、初期化因子の候補としてみつけ出した。その評価を行った結果マウス線維芽細胞に候補因子を一つずつ投与した場合は、多能性幹細胞は誘導されなかった。しかし24因子を同時に組み合わせて導入すると、多能性幹細胞が誘導された。そこで候補因子を絞り込んだ結果、特定の4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4およびc-Myc)を組み合わせてレトロウイルスで投与することにより、マウスの胎児や成体に由来する繊維芽細胞培養から、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立することに世界に先駆けて成功した(Cellに2006年に発表)。誘導した多能性幹細胞は、長期にわたり培養でき、細胞の形態や増殖能においてES細胞と類似しており、神経、軟骨、筋肉、消化管上皮など、様々な細胞に分化誘導することが可能であった。山中伸弥氏はこの細胞をiPS細胞と命名した。山中伸弥氏はまずマウスでiPS細胞の種々の細胞への分化能を調べたところES細胞と同等であることを証明した。癌遺伝子を細胞へ導入することは細胞を癌化させる可能性を常に持っていたが、癌遺伝子であるMycを用いなくてもiPSヒト細胞が樹立できることもその後明らかにした。更に肝臓や胃の細胞からもiPSヒト細胞が樹立できることを示した(Nature Biotechnologyに2008年に発表)。更にヒト成人皮膚由来の繊維芽細胞からもiPS細胞を樹立することにも成功した(Cellに2007年に発表)。
 このように胚や卵子を一切用いることなく、体細胞に特定の因子を導入することにより多分化能を有する細胞が樹立されることを示した。このことは従来、生殖細胞を扱うことにより、常に倫理的な問題がつきまとっていたが、その問題をクリアーしたものといえる。更に同一個体からiPS細胞を作製できる為にこれまでに問題となっていた異なる個体の移植などで問題となっていた免疫学的拒否反応を防ぐことができる。
 以上の理由から、山中伸弥氏の『多能性幹細胞の維持と誘導』を第8回山崎貞一賞バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野の受賞とする。

研究開発の背景

 細胞移植治療を始めとする再生医療の実現に向けて、自己の遺伝情報を持った多能性幹細胞の樹立が今日まで試みられてきた。体細胞の核を除核した未受精卵に移植する核移植や、体細胞とES細胞を電気的刺激等にて融合する細胞融合の技術によって、体細胞核の初期化を生じさせ、多能性の獲得に成功した報告がある。しかしながら、核移植でのヒト細胞における成功例の報告はなく、加えて倫理的な問題は依然未解決のままである。細胞融合で生じた細胞は、染色体が4倍体となり、臨床応用において大きな課題となる。

業績内容

 前述のような状況下、臨床応用可能な理想的多能性幹細胞の樹立を目指して、体細胞への僅かな数の遺伝子導入により多能性誘導に成功した。以下に、その研究業績を5点に集約して箇条書きする。

 (1)ES細胞特異的に発現する新規遺伝子として同定したNanog は、ノックアウトするとES細胞の分化多能性が失われ、マウス胚も着床後すぐに致死となる。さらに、サイトカインLIF非存在下において、Nanog を強制発現させたES細胞は長期にわたり未分化性を維持することができた。Nanog は多能性細胞の未分化状態維持において中心的な役割を果たしていると考えられた。常若の国を意味するTir na nogが命名の由来である。
 (2)ES細胞に特異的に発現する4つの因子を組み合わせてマウスの成体や胎仔に由来する線維芽細胞に導入することにより、ES細胞と同様に高い増殖能と分化多能性をもつ多能性幹細胞を樹立することに成功した。またこの細胞を人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cell, iPS 細胞)と命名した。
 (3)コロニー選択指標をFbx15 からNanog に変更することにより、ES細胞にさらに近似した遺伝子発現パターンを示し、分化能力においても遜色のない、第2世代iPS細胞の樹立に成功した。このiPS細胞は生殖系列へも伝承されることが示された。
 (4)マウスの場合と同じ4因子を用いて、レトロウイルスベクターによる導入効率を向上させることで、ヒト成人皮膚に由来する線維芽細胞から、ヒトES細胞と形態、増殖能、遺伝子発現、多能性などにおいて近似したヒトiPS細胞の樹立に成功した。
 (5)以外の3因子により成体マウスおよび成人皮膚細胞からiPS細胞の樹立に成功した。Mycを用いて作製したマウスiPS細胞に由来するキメラマウス37匹中、6匹のマウスは生後100日までに腫瘍の形成により死亡した。一方、Mycを用いずに作製したiPS細胞に由来するキメラマウス26匹では、生後100日までに腫瘍による死亡は認められなかったことから、Mycを用いないことにより安全性が向上することが明らかとなった。

本業績の意義

 iPS細胞の一連の業績によって、従来、哺乳類ではES細胞や胚を利用しなければ不可能とされていた細胞核の初期化が、多くの研究者の予想を超えた非常に簡便な手法で達成できることが示された。一方で、倫理的問題や、免疫拒絶を回避するiPS細胞は、革新的な多能性幹細胞として、再生医療の開発を大きく加速するとみられる。このため、ヒトES細胞研究に反対するブッシュ米国大統領や、バチカン法王庁も歓迎すべき成果との声明を発した。本邦発の新しい多能性幹細胞であるiPS細胞は、今後、その誘導方法の改良と安定かつ安全なクローンの選定がなされ、患者由来のiPS細胞を用いた疾患発症機構の解明や、細胞移植治療への応用などの医療革新をもたらすものと期待されている。

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