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第10回(平成22年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野

生殖工学を用いた新たな動物繁殖技術の開発

受賞者
若山 照彦 (わかやま てるひこ)
略歴
1998年 7月 ハワイ大学 助教授
1999年 12月 ロックフェラー大学 助教授
2001年 3月 (米)アドバンスドセルテクノロジー 主任研究員
同年 4月 理化学研究所 チームリーダー(兼任)
2002年 6月 理化学研究所 チームリーダー(専任)
現在に至る

授賞理由

 若山照彦氏は、哺乳動物の繁殖技術の研究に取り組み、体細胞の核を直接卵子へ注入するクローン動物作製法を考案し、マウスのクローン個体をはじめて作製した。更に様々な工夫を加えて、体細胞クローンES細胞を樹立する技術開発を行った。
 これにより、高齢不妊からの子孫の作出、長期間凍結保存されていた死体からのクローン個体の作出や、凍結乾燥した精子からの産仔の作出にも成功している。現在、世界中のほぼ全てのクローンマウスの作出は若山氏の開発された方法で作られている。
 以上より若山氏は、動物繁殖の基礎技術を確立し、遺伝子資源保全や優良家畜の産出など畜産業の発展への貢献が大きく期待されている。よって、第10回山崎貞一賞バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野の受賞とする。

研究開発の背景

 動物バイオテクノロジーの原点ともいえる人工授精技術 (交尾なしで産仔を得る方法) の発明は、それまで自然交配に頼っていた家畜の生産性を劇的に改善し、今ではほぼすべての牛が人工授精で生まれている。しかし、半世紀を経て目立った発展はなく、停滞気味の畜産業を活性化するため優良家畜の大量生産を可能とする新たな技術が必要とされていた。基礎研究では、顕微鏡下で微細な動作を可能にするマイクロマニピュレーターの発展があり、精子を卵子内に直接注入して受精させる顕微授精技術や、ヒツジにおいて世界初の体細胞クローンが報告され、これらの技術は人工授精より効率よく優良家畜を大量生産でき、畜産業を大きく改革できると考えられていたが、その成功率は非常に低く、また技術的に修得が困難であり、実用化のめどは立っていなかった。

業績内容
  • 世界初のクローンマウスの成功
     従来技術では不可能だったマウスのクローンに初めて成功した。現在、クローンマウス作製にあたっては、ほぼ全ての研究者がこの方法を使っている。
  • 体細胞クローンES細胞の樹立および倫理問題の解決
     体細胞を核移植することで作ったクローン胚からES細胞(クローンES細胞と呼ぶ)を樹立することに成功し、自分自身のES細胞を作ること が可能であることを初めて証明した。実際にパーキンソンマウスを用いた研究で、尻尾の体細胞からクローンES細胞を作り、神経に分化させ、それを元のマウスの脳に移植することで、自分自身を治療するという再生医療のモデル実験にも初めて成功している。一方、クローン技術は卵子の寄付が必要という倫理問題が生じるが、不妊治療において体外受精に失敗した卵子を用いれば、卵子の提供という問題を解決できることも明らかにした。
  • 凍結死体からのクローン作出
     16年間-20℃で凍結保存されていたマウスの死体からクローン個体を作出することに成功した。この結果は、核の遺伝情報さえ壊れていなければ細胞の生死とは関係なく生命を復活できることを初めて証明し、サイエンスフィクションだと思われていた絶滅動物の復活の可能性を初めて示した。

    図1 16年間-20℃凍結保存されていた死体から生まれたクローンマウス(左)
    図1 16年間-20℃凍結保存されていた死体から生まれたクローンマウス(左)
  • 完全不妊マウスから子孫の作出
     不妊症治療のために、未熟な生殖細胞を利用する治療法が開発されている。しかし生殖細胞を完全に欠損してしまった場合、これまで子孫を作ることは不可能だった。そこで、完全不妊のミュータントマウスを用いて、その体細胞からクローンES細胞を作り出し、キメラ技術を組み合わせることで生殖細胞に分化させ、多数の子孫を作ることに初めて成功した。高齢で完全不妊になってしまったマウスからでも同様な方法で子孫の作出に成功している。これらの結果は生殖細胞を欠損した個体からでも子孫を得られる方法を示しただけでなく、元の個体の遺伝子資源をクローンES細胞という形で維持できることも示している。
  • フリーズドライ精子からの産仔の作出
     哺乳類では初めてフリーズドライ状態で室温保存した精子を用いて産仔を得ることに成功した。この技術により、これまで液体窒素でしか保存できなかった精子が室温でも保存可能となり、保存や管理のコストを大幅に下げられる画期的な手法として注目されている。
  • 極体からの産仔の作出
     卵子は精子と異なりほんのわずかしか作られない。しかし卵子が作られる際に捨てられている極体と呼ばれる細胞を核移植することで、卵子を作り出すことに成功した。この技術は1つの卵子を4倍に増やせることから、卵子数が少なくて不妊治療が困難な場合に有効だと考えられている。

本業績の意義

 本方法は、それまで不可能と思われていたマウスの体細胞クローンを可能にしただけでなく、従来法より迅速で大量の実験を可能にした。基礎研究に小型実験動物のマウスが使えるようになった今、成功率の改善やクローン動物の異常原因などの研究が進み、将来、優良家畜の大量生産への応用が期待できるようになってきた。
 このクローン技術は、当初は農業への応用を目指して開発されていたが、現在では基礎生物学における新たな実験手段として利用され始めている。たとえば体内にほんのわずかしか存在しない細胞については、これまで材料が少なすぎて解析することが出来なかったが、核移植技術を用いれば体内に存在するたった1つの細胞でも無限に増やすことが出来、解析を可能にすることができる。再生医学の分野では、核移植技術を利用しないで直接体細胞を多能性幹細胞 (iPS細胞) 化する技術が開発されたが、遺伝子導入が必要なiPS細胞にくらべクローンES細胞は完全に患者本人と同一のものが作り出せるという利点がある。
 一方、永久凍土から発掘されるマンモスや、はく製で保存されているニホンオオカミなどの絶滅動物も、この核移植技術を用いれば近い将来復活させることが出来るようになるかもしれない。過去に失われてしまった絶滅動物を復活できれば、子供たちに夢をもたらすだけでなく、耐病性あるいは耐寒性遺伝子など、貴重な遺伝子資源の発見が期待できる。
 フリーズドライによる精子の室温保存法も、遺伝子資源保全に大きな貢献を果たすと考えられている。従来の液体窒素保存は、超低温のため取り扱いや管理が難しく、また自然蒸発するため常に補充し続けなければならない。ところがフリーズドライ法なら精子を室温で保存可能にすることから、液体窒素の維持コストが必要なくなり、室温のため管理も容易になる。また国内外への輸送も冷凍装置が必要なくなり低コストで行える。今後の改善次第では従来法を完全に置き換える新しい保存手段になる可能性が高い。

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