第20回(令和2年度)山崎貞一賞 材料分野

有機無機ペロブスカイト半導体を用いる太陽電池の創製と高効率化

受賞者
宮坂 力(みやさか つとむ)
略歴
1981年 3月 東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了
1981年 4月 富士写真フイルム株式会社 足柄研究所 研究員
1992年 4月 同研究所 主任研究員
2001年 12月 桐蔭横浜大学大学院 工学研究科 教授
2004年 3月 ペクセル/テクノロジーズ株式会社 代表取締役
2005年〜10年   東京大学大学院 総合文化研究科 客員教授
2017年 4月 桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授
2017年 10月 東京大学 先端科学技術研究センター フェロー
2020年 4月 早稲田大学 先進理工学研究科 客員教授
現在に至る

授賞理由

 宮坂 力氏は、世界的に研究が過熱しているペロブスカイト太陽電池の発見者である。宮坂力氏が光発電機能を発見した半導体は、有機無機複合の組成からなるペロブスカイト型(ABX3構造)の結晶であり、CH3NH3PbX3(Pb= 鉛, X=I, Br)の組成を代表とする独創性に優れたものである。エネルギー変換効率は独自の界面制御技術の向上により22.7%に達し、また海外の研究グループにより25.2%が報告されるなど、シリコンと競合する高い効率に届いている。このペロブスカイト型結晶は溶媒に可溶であり、安価な溶液塗布(印刷)と乾燥により容易に成膜でき、太陽電池を皮切りに、発光素子や光センサダイオード、さらにはメモリスタ素子に至るまで、幅広い応用が期待される。現在は、軽量かつ放射線耐久性に優れることから、宇宙環境での実用化に向けて開発が進められている。本研究業績のソーシャルインパクトは脱鉛化が実現すればさらに大きいものとなる。現在、非鉛系ペロブスカイト材料の開発にも道筋が示されつつあり、ペロブスカイト太陽電池材料の発見者である宮坂力氏への本賞授与の意義は大きい。
 以上の理由により、宮坂氏を第20回山崎貞一賞材料分野の受賞者とする。


研究開発の背景

 受賞者は、有機無機ハイブリッド組成からなるハロゲン化鉛ペロブスカイト(図1、ABX3のイオン結合型構造)の結晶を溶液製膜によって形成した薄膜が可視光を吸収して電子励起される機能を持つことに着目し、この機能を光エネルギー変換に用いる研究を行った結果、ペロブスカイト材料が光発電する機能をもつことを世界で初めて発見し、2009年には変換効率が3.8%のペロブスカイト型太陽電池の構造を最初に論文発表した。2012年には結晶膜の質を高めて効率が10%を超えたことから、安価な溶液塗布法によるペロブスカイト太陽電池の研究が世界的に拡大し、その効率は現在ではSi結晶太陽電池の最高値(約26%)と同等の25.5%の高効率に達しており(図2)、ペロブスカイトを光半導体として用いる光電変換ならびに光検出や発光素子の研究が世界的に活発化している。  

図1 有機無機ハイブリッド組成からなるハロゲン化鉛ペロブスカイト結晶(ABX3)の構造
図1 有機無機ハイブリッド組成からなるハロゲン化鉛ペロブスカイト結晶(ABX3)の構造

 固体の光物性の評価にもとづいてハロゲン化鉛系ペロブスカイトが優れた半導体であることが明らかになった。これによって実用に向けて効率と耐久性を高めるための組成の改良開発が急速に進み、最近では有機無機複合組成を耐熱性に優れるオール無機の組成に置き換える研究にも優れた成果が得られている。

図2 ペロブスカイト太陽電池の効率の進歩
図2 ペロブスカイト太陽電池の効率の進歩

業績内容

 光電変換に用いる典型的なペロブスカイトはメチルアンモニウム(MA)と鉛(Pb)を陽イオン、ヨウ素(I)などのハロゲンを負イオンとするMAPbI3組成の結晶であり、直接遷移吸収の真性半導体として厚さ0.5mmの薄膜で可視光を全吸収して光電流に変換する(図3)。この薄膜に電荷輸送層を接合して作製する太陽電池は、ペロブスカイトの持つバンドギャップに対して電圧損失がかなり低く抑えられた高い電圧を出力する特徴が見出され、ペロブスカイト半導体の光生成キャリアの移動能力が欠陥生成に寛容であることに由来している。受賞者はこの欠陥寛容性が高効率化を進める重要な要素であることに注目し、図3に示すペロブスカイト太陽電池の層構成においてペロブスカイト結晶粒子と電荷輸送層との界面に生じる欠陥がもたらすエネルギー損失を最小化するための技術開発を進めた。

図3 ペロブスカイト薄膜太陽電池の層構成
図3 ペロブスカイト薄膜太陽電池の層構成

 材料開発においては、ペロブスカイト結晶のAサイトとXサイトに複数のイオンを用いて半導体の光物性と膜の質を高めるとともに、ペロブスカイト結晶粒子どうしが接合する粒界と粒子層が電荷輸送層と接する界面に生じる欠陥を減じるためのドーパント材料(カリウムイオン等)の開発が進んだ。さらに、図3の電子輸送層と正孔輸送層の組成と均一性を改善した。この成果として、太陽電池の発電特性における出力電圧を世界最高値まで高めることに成功し、大気中の平易な塗布・製膜工程によっても変換効率を23%近くまで高める技術を構築した。
 このように光発電を高効率化するとともに、実用化に向けて材料の耐熱・耐久性を高めるために、ペロブスカイト半導体と正孔輸送材料の両方の組成を新規な材料に変換する研究を進めた。とくにペロブスカイトには、有機基を含まず耐熱性に優れるオ−ル無機の組成としてCsPbX3(X=I, Br)を用いた。また正孔輸送材料は、通常多くのペロブスカイト太陽電池ではイオン性ドーパントを添加して伝導度を高めていたのに対して、ドーパントの拡散がもたらす材料劣化を無くすために、無ドープの正孔輸送材料を用いて光電変換特性の向上を図った。 この成果として得られたのが、CsPbI2Brに高分子正孔輸送材料を接合した光電変換素子である。この素子では、ペロブスカイト太陽電池の特性としては最高値の開回路電圧である1.42Vを得ることができた。本技術は特許出願し、学術論文の数報に掲載した。
 ペロブスカイト太陽電池の優位性は宇宙用太陽電池の開発においても見出されている。JAXAとの共同研究では、発電層が薄膜であり高エネルギーの放射線を溜め込まないために、放射線暴露に対して高い安定性を持つことが証明された。JAXAでは宇宙衛星の搭載に向けた耐久性試験が進んでいる。

本業績の意義

 ハロゲン化ペロブスカイト半導体は、溶液塗布という平易で安価な方法によって、極めて質の高い光電変換に優れた性能の薄膜が得られることが、これまでの半導体材料にはなかった特長である。受賞者がこの特長を発見したことが引き金となってハロゲン化ペロブスカイト半導体を用いる光電変換素子と光エレクトロニクス素子の研究が、研究者数とプロジェクト数の両方において世界的に広がった。2018年においてはバイオ・医療からエネルギーまでを含めた全ての理工学分野の中で、この研究に関する出版論文数がトップとなった(日経新聞調査結果)。 現在もペロブスカイト半導体を扱う研究が広がりつつある状況は受賞者の論文の被引用回数(2009年に出版の論文:現在11,800回)の増加にも表れている。本研究は、化学、物理、エレクトロニクスの分野にまたがって学際分野を築いており、基礎と応用の両面で多くの若手研究者が活躍している点が特徴であり、本業績が学術研究を促進した貢献は大きい。また、学術分野にとどまらず、産業においても国内と海外の多くの企業がペロブスカイト光電変換素子の耐久性を高めた実用化開発を進めており、西欧では生産工場の建設が始まっている。国内においても社会実装は近いと考えられる。


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