第8回(平成20年度)山崎貞一賞 計測評価分野

球状弾性表面波センサ(ボールSAWセンサ)の開発

受賞者
山中 一司 (やまなか かずし)
略歴
1977年 3月 東京大学大学院 工学系研究科
物理工学専門課程 修士課程修了
1978年 4月 通商産業省工業技術院機械技術研究所 
基礎部 トライボロジ課 研究員
1987年 7月 学位取得 東北大学 工学博士
1994年 10月 通商産業省工業技術院機械技術研究所 
極限技術部 量子技術研究室長
1997年 4月 東北大学大学院 工学研究科
材料加工プロセス学専攻 教授
2004年 4月 東北大学大学院 工学研究科
材料システム工学専攻 教授
2005年 4月 東北大学未来科学技術共同研究センター 教授
現在に至る

授賞理由

 弾性表面波(SAW)を用いたセンサは、その非破壊性や小型・軽量化が可能であり実用性に富んでいる等の特徴を有することから、多種類の製品が開発され実用に供されている。
 山中一司氏は、SAWを用いてボールベアリング用ボールの表面傷の検査法の研究中に、平面型のSAWセンサの最大の欠点である弾性表面波の回折による拡散現象が、球体を用いることにより見事に解消できることを見いだした。即ち、球体は一点から発生した表面波がどの方向に伝搬しても一点に集束することから、ある条件下では、赤道周辺に平行な波となって100周以上周回することを見いだした。この現象を用いれば、従来の平面型SAWセンサに比較して、小型で極めて高感度なセンサを開発することが可能となる。
 実際、シミュレーション計算の結果から、球面のSAWはその幅が波長と球の直径の積の平方根(幾何平均)に近いというコリメート条件を満たせば、波の種類を問わず普遍的に成立する現象であることが判った。 この様な条件下で発生させたSAWは、球体の支持部による散乱を受けないために多重周回して、伝搬経路上に吸着したガス分子による音速の変化や減衰効果を敏感に検出することが出来る。この原理を用いて、本候補者は極めて高感度なガスの検出を可能にしたボールSAWセンサを開発した。
 山中一司氏らは自ら見いだした測定技術を水素ガスの検出に適用し、0.001%から100%まで5桁に及ぶ濃度範囲の水素ガスを単独のセンサで検出することに成功した。高圧水素ボンベのある環境でも安全に使える初めての高感度水素ガスセンサとして、すでにメーカーによるフィールドテストに入っている。
 本成果は、将来その実現が期待されている水素社会の安全を支えるのみでなく、多種類の有害・危険ガスセンサへの適用も可能であり、既に研究が開始されている。また、汎用のガスセンサ開発ツールとしての製品化も実現して、大学、企業に販売されており、ガスセンサ技術全体の革新に貢献している。
 以上の理由により、山中一司氏の『球状弾性表面波センサ(ボールSAWセンサ)の開発』を第8回山崎貞一賞計測評価分野の受賞とする。

研究開発の背景

 環境と社会の安全と安心への要請が、近年一層高まっており、危険・有害ガスの高感度なセンサが求められている。また、水素ステーションや燃料電池自動車など高圧の水素を使う環境では、微小な漏れと高濃度の噴出の両方に対応するため、0.001%の低濃度から100%の高濃度まで5桁の濃度範囲の水素を測定できるセンサが必要である。しかし現在の触媒を用いる化学的センサや電界効果・抵抗を用いる電気的センサは、それぞれ固有の原理に基づいて動作するため、適用できるガスの種類や濃度範囲に制限がある。実際、5桁の濃度範囲の水素検出を可能にする単独のセンサはまだ開発されていない。

業績内容

 物理学の教科書には、音波や電磁波などのビームは伝搬するにつれて拡がって弱まると書かれている。これは「回折」という現象で、波を用いる装置や素子の限界になる。どこまでも真っ直ぐ伸びた1本の直線のように伝わる波は、まだ実現していない。ところが受賞者は、軸受球の非破壊検査法の研究中に、球の表面を大円に沿って伝搬する弾性表面波(surface acoustic wave ; SAW「ソ―」と読む)について、物理学の常識を破る現象を発見した(図1)。

図1.自然なコリメートビームとボールSAWセンサ
図1.自然なコリメートビームとボールSAWセンサ

 すなわち、球面のSAWを、球の直径と波長の幾何平均(積の平方根)にほぼ等しい幅で励起すると、どこまで伝搬しても拡がらない平行なビーム(コリメートビーム)を形成する。これは回折により弱まらず、支持部の散乱も受けないため100周以上もまわり(超多重周回)、伝搬距離が平面上より飛躍的に増加する。そこで、すだれ状電極等によりSAWを励起すると伝搬経路上の感応膜へのガス分子の吸収・吸着による音速や減衰の変化が拡大され、感度が向上する。
 上記の原理に基づき、企業と共同でボールSAW水素ガスセンサを開発した結果、0.001%から100%まで5桁に及ぶ濃度範囲の水素を単独のセンサで検出することに初めて成功した。高圧水素のある水素ステーションでも安全に使える唯一の高感度水素ガスセンサとして、フィールドテストの段階にある。また、超音波顕微鏡の回路を応用したボールSAWセンサの評価装置は、汎用のガスセンサ開発ツールとして大学や企業に販売され、センサ技術全体の革新に貢献しつつある。

本業績の意義

 弾性波は物質の多様な自由度と相互作用するため、ガスの種類や濃度範囲に制限がなく、漢方薬のような汎用性を持っている。ボールSAWセンサはこの特長に加えて超多重周回による高い感度を併せ持つことから、多様な応用が期待される。例えば、セキュリティーや環境計測を目的として、固定相への保持時間の差でガスを分離するガスクロマトグラフに適用し、多種類のガスを高感度に検出する携帯型ガスセンサを開発するプロジェクトが進行している。
 球の表面波のコリメートビームは、回折という波本来の性質と、集束という球表面に局在した波の性質が均衡して出来るもので、これまで発見されなかったのが意外なほど、普遍的なものである。そこで、弾性波に限らず電磁波(光も含む)でも理論的には存在しうるため、各種の波動を用いたセンサや信号処理・制御素子へさらに大きく拡がる可能性を秘めている。

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