第1回(平成13年度)山崎貞一賞 半導体及び半導体装置分野

半導体シリコンカーバイドの高品質エピタキシャル成長とパワーデバイスの先駆的研究

受賞者
松波 弘之 (まつなみ ひろゆき)
略歴
1962年 3月 京都大学 工学部 電子工学科 卒業
1964年 3月 京都大学大学院 工学研究科 修士課程修了
同年 4月 京都大学 工学部 助手
1970年 11月 京都大学 工学博士号取得
1971年 12月 京都大学 工学部 助教授
1976年
〜77年
9月
7月
米国ノースカロライナ州立大学 客員准教授
1983年 2月 京都大学 工学部 教授
1996年 4月 同 大学院 工学研究科 教授
現在に至る

研究の背景

 ワイドギャップ半導体シリコンカーバイド(SiC)は、シリコン(Si)に比べて、絶縁破壊電界強度が約10倍、飽和電子速度が約2倍、禁制帯幅と熱伝導率が約3倍という優れた物性値を持つ。これをパワーデバイスに適用すれば、デバイスが小型化され、動作時のジュール損失をSiより2桁以上下げられる。また、高速動作によってスイッチング時の損失を極端に少なくできる。さらに、高温動作ができるので、冷却装置の大幅な小型化、簡素化(水冷→空冷など)ができる。この技術が実用されればパワーエレクトロニクスの枠組みが大きく変えられ、電気エネルギー有効利用が図れる。ひいては環境への負荷を小さくすることができると期待されている。しかしながら、SiCパワーデバイスの実現には、高品質の結晶成長技術、デバイスプロセス技術の確立の面で大きな課題が立ちはだかっていた。

研究概要

 SiCパワーデバイスの実現を目指して、高品質の結晶成長技術、デバイスプロセス技術を確立し、基本デバイスを試作して、その高性能を提示することに力を注いできた。

1)1987年に「ステップ制御エピタキシー法」を提案し、それまでは不可能であった高品質SiC単結晶層を、気相化学堆積(CVD)法を用いて、300℃以上も低い温度で作製できるようにした。基本概念は、SiC結晶(0001)面から数度傾けたオフ基板を用い、ステップフロー成長を活用して、基板が持つ複雑な積層構造を成長層中に容易に継承させることにある(図1)。不純物を添加しない結晶でppb(10-9)の高純度を達成し(図2)、成長中の不純物添加によってp型、n型の精密な導電性制御法を確立した。各種の評価から成長層の優れた結晶性を示すなど、本方法のすぐれた面を示したほか、結晶成長機構の詳細な研究を行い、学術的にその理由付けを行った。
図1・図2
2)パワーデバイス製作の重要技術として高温イオン注入法による局所的不純物添加法を提案し、注入後のアニール条件を確立して、SiCへの実用技術としての道を開くきっかけを作った。n型、p型とも実用の域に近づいている。
3)高品質エピタキシャル成長層を用い、耐圧1kV以上で低損失のショットキーダイオードを試作し、実用の可能性を示した(1993,1995、図3)。物性面では、SiC結晶の極性面(Si面、C面)の違いによってショットキー障壁高さが異なることを見いだし、その物理的根拠を明らかにした。この成果は、世界的な規模で半導体SiCパワーデバイスの応用展開を目指した研究に拍車をかけた。2001年4月、Siでは実現できない中耐圧(300V,600V)・低損失の高速ショットキーダイオードが市販されるようになった。
図3 高耐圧ショットキーダイオードの静持性
4)スイッチングトランジスタは動作時以外に電流の流れないノーマリオフ型が望ましく、それにはパワーMOSFET(金属・酸化膜・半導体電界効果トランジスタ)が適している。しかしながら、SiO2/SiCのMOS界面に存在する多数の欠陥のために、反転層チャネルの電子移動度が極端に小さくなって、MOSFETの特性が悪くなる。このため、SiCパワーMOSトランジスタの実現は、当面、困難であろうとされていた。1999年、従来の(0001)とは異なるSiCの新しい結晶面方位(11-20)を用いることによって(図4)、課題であったMOSFETの性能を約20倍向上させ(図5)、SiCを用いるパワーMOSFET実現化への可能性を示した。電子移動度が負の温度依存性を持つので、温度上昇に連れて電流が減少することを意味し、パワーデバイスとしては安定動作が期待できる。他の研究機関の追試が始まっている。異なる面方位を用いるSiO2/SiCの界面物性研究により、SiCパワーMOSFETの実現が早まるであろう。
図4・図5
研究の展望

 提案した高品質単結晶成長技術は世界的に確立しつつあるので、今後は、デバイスプロセスの低温化が要求される。パワートランジスタ実現のために、SiO2/SiC界面の電子物性をよく理解し、それを制御する必要がある。すでに、SiCショットキーダイオードを用いる低雑音スイッチング電源が使われる状況にある。今後は、家電、自動車、産業用モータ制御用のインバータとして、システム面での実施例研究へと発展するであろう。直径3インチの基板結晶が市販され、結晶欠陥も低減しつつあるので、高耐圧・大電流のパワーデバイスの実現が比較的近い。SiCパワーデバイスはパワーエレクトロニクスの発展を促し、革新へとつながるであろう。

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