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第2回(平成14年度)山崎貞一賞 半導体及び半導体装置分野

横方向成長による転移密度の大幅低減化技術の発明
〜マイクロチャネルエピタキシ〜

受賞者
西永 頌 (にしなが たたう)
略歴
1967年 3月 名古屋大学大学院 工学研究科 電子工学専攻
博士課程 単位取得退学
同年 4月 名古屋大学 工学部 助手
1983年 4月 東京大学 工学部 教授
2002年 4月 豊橋技術科学大学長
現在に至る

選考理由

1. 研究の背景
 エピタキシャル成長技術は各種半導体デバイスの製造方法として広く実用化されているが、近年デバイスの高性能化と信頼性の向上に向けて、薄膜構造の高精度な制御と結晶欠陥の低減が大きな課題となってきている。特に、結晶欠陥の存在が性能劣化に直結する半導体光デバイスにおいて新しい結晶欠陥低減化技術の開発が急務となっている。
2. 受賞者の貢献
西永頌氏は、エピタキシャル成長薄膜の高品質化や結晶欠陥の低減には、エピタキシャル成長における表面原子の挙動の解明が不可欠であると着目し、成長表面の原子的構造、特に原子ステップの存在やその構造・密度が薄膜の表面構造や結晶欠陥の発生に大きく関与するメカニズムを解明されてきた。液相エピタキシャル成長法においては、表面の結晶指数やそれに伴う原子的荒れにより液相中の過飽和度が変化をうけ、これにより成長速度の律速要因が何であるかを明らかにした。気相法については分子線エピタキシャル法を用いてステップ成長から2次元核成長への遷移条件(臨界飽和度)を理論的に説明し実験的一致の確認に成功した。
 これらの科学的解明に基づいて、いかにしたら結晶欠陥の少ないエピタキシャル薄膜が得られるかなど応用技術にも積極的に取り組まれ、マイクロチャネルエピタキシー(MCE)と名付けた独創的な方法を発明された。一般に、成長薄膜が結晶欠陥を有する理由として、基板結晶から構造的に伝播してくる欠陥や、エピタキシャル成長の初期段階で新たに発生する欠陥がある。後者は成長膜と基板結晶の物質が異なるヘテロエピタキシャル成長の場合に顕著であり、格子定数の違いからミスフィット転位欠陥が多量に発生する。MCE法は両方の欠陥を同時に低減させようとするもので、基本的アイディアは以下のとおりである。
 基板表面にアモルファス薄膜(絶縁性)を全面コーティングし、その一部をストライプ状に窓を開け基板表面を露出させる。原料ガスの供給条件を調整して、ストライプ状の基板表面には成長するが絶縁膜上には成長させない状態でエピタキシャル成長を行う。当初ストライプ溝にだけ成長するが膜厚が絶縁膜厚を越えると横方向の成長(ELO:Epitaxial Lateral Overgrowth)を始める。ELO膜中には基板結晶の欠陥や界面で発生するミスフィット転位が伝播してこないため結晶欠陥のない高品質な膜となるはずであると考えMCE法を発明した。このことを実証するために、MCE法を用いてシリコン基板上にガリウム砒素をヘテロエピタキシャル成長させ転位欠陥の全く無いガリウム砒素膜を得ることに成功した。ELO膜に半導体デバイスを作製すれば高性能で信頼性の高いものが得られるはずである。複数の企業がこのアイディアを採用し、サファイア基板に低欠陥の窒化ガリウム薄膜を得ることに成功した。これをもとに窒化ガリウム系青色レーザを作製したところ劣化特性が大きく改善されることが判った。青色レーザの実用化を大きく前進させた貢献は特筆に値するものであるが、MCE法はこの他にも様々な材料の組み合わせで応用できることが期待され多くの国際会議で関連する成果が発表されている。西永頌氏の科学的解明からインパクトのある応用技術の発明に結びつけた研究姿勢は本賞を授賞するに値する。

業績内容

 マイクロチャネルエピタキシの着想は、半導体の液相エピタキシャル成長表面に現れる砂丘のような波模様の成因を明らかにすることを通して結晶成長メカニズムを明らかにする研究から生まれた。10年近い研究の結果、この波模様は、拡散場における形態不安定環境下で原子ステップが集合し巨大なステップを形成するためであることがわかった。この波模様の中からテラスを構成しているファセットを取り出すことができれば原子的に平坦な面が取り出せるという着想を得た。そこで基板にシリコン酸化膜を形成し、そこに細い線状の窓を開けそこからエピタキシャル成長を行うとテラス部分だけからなる波模様のない平坦な表面を持つエピタキシャル成長層を得ることが出来ることに気がついた。また、この構造は、基板に存在する転位も同時に除去する効果を持つことがわかった。
 そこで、これを実験により確認したところ、確かに転位が無く表面も平坦なエピタキシャル層ができる事が明らかとなった。1988年のことである。しかし、文献を良く調べてみると、このような酸化膜に開けた線状の窓からの成長は、気相成長により絶縁膜上への半導体単結晶薄膜成長の手段として1981年ごろから研究されており、エピタキシャル横方向成長(ELO)と呼ばれていたことがわかった。また、その頃、この方法は、シリコン基板上のGaAs成長にも応用され、転位の低減化がなされたという報告もされている。しかし、研究はそこで途切れており、それ以上の研究がさておらず、無転位領域が得られるということは知られていなかった。受賞者らは、1988年この方法がGaAsの転位低減化に大きな効果を持つことを示すと共に、様々な半導体の成長において無転位成長が可能であることを示した。さらに、シリコン基板上のGaAsやInPのように格子定数差の大きなヘテロエピタキシ系に応用した場合にも、広い無転位領域を持つ横方向成長層が得られることを実験的に明らかにした。この様な系での転位低減化に対しては、当時、低温バッファー層や超格子バッファー層を用いる方法、熱処理サイクルを行う方法などが採用されていたが、無転位層を得ることは出来ず、レーザーのように転位により寿命が著しく劣化する素子は作製出来なかった。

図1

 受賞者は、さらに、この技術を発展させるものとして、1996年マイクロチャネルエピタキシという新しい概念の提案を行った。この技術は、図1に示すように、細い線状の窓(マイクロチャネル)により結晶情報と欠陥情報を分離し、マイクロチャネルから結晶情報を取りだし成長層に伝えるが、欠陥情報は非晶質の膜により遮断し、ヘテロエピタキシャル成長においても無転位結晶を得るというものである。このチャネル幅を、リソグラフィー技術の進歩を待ち、10nm程度と極限的に狭くすることにより、基板と成長層を電気的にも絶縁出来るので、SOI(Semiconductor On Insulator)構造としても用いる事が可能である。マイクロチャネルエピタキシ法は、現在、シリコン基板上GaAs無転位結晶の成長に用いられているほか、サファイヤ上のGaN、GaAs上のGaNなどにおける欠陥低減化技術としても用いられている。しかし、現在は、まだその利用に関しては初期段階であり、今後、ヘテロエピタキシの利用範囲が広まるにつれて応用範囲が広がり、重要な技術として展開して行くものと考えられる。

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