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第6回(平成18年度)山崎貞一賞 半導体及び半導体装置分野

シリコン直接窒化による高信頼CMOSゲート絶縁膜の先駆的研究

受賞者
伊藤 隆司 (いとう たかし)
略歴
1969年 3月 東京工業大学 理工学部 電子工学科 卒業
1974年 3月 同 大学院 博士課程修了(工学博士)
1974年 4月 富士通株式会社 入社
1989年 12月 株式会社富士通研究所 半導体研究部長
2001年 4月 同 シリコンテクノロジ研究所長
2003年 4月 富士通株式会社 LSI事業本部 技師長
兼あきる野テクノロジセンタ長
兼産総研先端SoC連携研究体長
2004年 8月 東北大学大学院 工学研究科 教授
現在に至る

授賞理由

 伊藤隆司氏は、半導体デバイス製造に新しいシリコン直接窒化プロセスを導入することを世界で最初に発案し、その後の一連の先駆的な実用化研究と特許で、半導体産業、特に、高性能微細CMOS LSIの発展に多大な貢献をした。
 伊藤氏は、MOSFETの微細化の進展に伴い、従来のシリコン熱酸化ゲート膜では信頼性の点でその薄膜化には限界があることを予見し、それに代わる新しいゲート膜プロセス、すなわち高純度のアンモニアガスとシリコンを直接反応させ、均一な超薄膜を生成する直接窒化ゲート膜プロセス技術を提案、さらにその優れた構造の緻密性および電気的安定性などを実証した。具体的には、シリコン自然酸化膜成長を抑制した基板洗浄技術、窒化ガス純化技術、アンモニアガス精製装置、直接窒化炉装置、直接窒化のエッチング加工技術、さらにはプロセス温度の低温化を可能とするアンモニアプラズマ窒化装置などの一連の技術を開発した。さらに伊藤氏は、Si-N結合とそれがMOSFETの信頼性に及ぼす研究などを通して、生成したシリコン窒化膜は、従来のシリコン熱酸化膜に比べ、化学的安定性、不純物拡散阻止力、熱酸化耐性、絶縁破壊耐性、放射線照射耐性、短チャンネル効果抑制などの点で、圧倒的に優位にあることを実証した。これによってMOSFETのゲート酸化膜の薄膜化と高信頼性が両立するようになり、従来のシリコン熱酸化膜では不可能であった最小加工寸法90nm以下のCMOS LSIの工業化が可能になった。また、伊藤氏は、以上の独創的な研究成果を長期にわたって学術発表し、シリコン窒化膜の実用化を世界的に促した。伊藤氏のこのようなリーダシップ以外に、多数の特許で開発技術を権利化している企業化精神は特筆される。
 本研究成果の応用範囲と波及効果は極めて大きい。1990年代後半以降、上述した微細MOSFETのゲート酸化膜以外にも、16Mビット以上のDRAMのキャパシタ用多層絶縁膜(従来の熱酸化膜に比べ不良率10分の1)、フラッシュメモリ用トンネル絶縁膜(従来に比べ書き換え回数1桁以上改善)、また微細素子分離の作成にも実用化されている。伊藤氏の開発した技術は、今や、数兆円以上の市場を有するマイクロプロセッサや大容量メモリを初めとする高性能微細LSI製造の要素技術となっており、近い将来のhigh-kゲート酸化膜の処理技術としても期待されている。
以上のように、伊藤氏の開発した技術は、独創性、技術水準と工業的インパクト、将来性などいずれの点でも高く評価でき、日本が誇りうる優れた半導体プロセス要素技術となっている。

研究開発の背景

 CMOSは今日の情報化社会を支える半導体デバイスの基本構造である。CMOS-LSIの進展は目覚しく、シリコンチップに搭載されるCMOSトランジスタ数は既に10億個を越えている。このようなCMOS-LSIの飛躍的発展は微細化を中心とする半導体製造技術のたゆまない革新とそれを支える科学の進展によって実現されてきた。材料プロセス面では、シリコンを熱酸化することにより良質の絶縁膜であるシリコン熱酸化膜を薄膜化できることで支えられてきたと言っても過言ではない。シリコン熱酸化ゲート絶縁膜の地位は不動のものと思われ、他の材料に置き換えることは不可能と考えられてきた。しかし、トランジスタの微細化が進み、益々薄いゲート絶縁膜が要求されるようになると、従来の技術の延長ではトランジスタ性能と信頼性を両立させることが徐々に困難になると考えられ、熱酸化膜に代わる高信頼CMOSゲート絶縁膜の開発が必要になると予想された。

業績内容

 受賞者は、CMOS-LSI製造プロセスにおけるシリコン直接窒化技術の有用性と可能性に注目し、半導体製造プロセス技術としての先駆的な研究開発を推進した。
 シリコンの熱窒化については、1960年代に行われたわずかの実験報告があった。そこでは、1300℃以上の高温でシリコンと窒素の反応は起こるものの、生成物は不均一に多結晶化したものであり、シリコンデバイスへの適用は全く困難と結論された。受賞者はその原因を追求し、窒化雰囲気の残留酸素や水分に起因することを見出した。そこで、自然酸化膜付着を抑制したシリコンウェハ洗浄技術、窒化反応を阻害する酸素や水を徹底的に除去した窒素ガス純化技術、活性な窒化種を生成するためのアンモニアガス精製装置、外部からの酸化性ガスの侵入を防止し脱ガスを抑えた熱窒化炉、熱窒化膜のエッチング技術などの諸技術を開発した。さらに、アンモニアの高周波プラズマにより発生させた活性な窒素ラジカルを利用する減圧式プラズマ熱窒化装置を開発した。プラズマを使わない場合とくらべ、窒化プロセス温度の低温化を可能にした。また、シリコン直接窒化技術の開発の過程で、シリコン熱酸化膜自体の一部も直接窒化できることを見出した。熱力学的には1200℃の高温においてもSiO2はほとんど窒化しないが、シリコン熱酸化膜の場合は様々な構造欠陥を持ち、またアンモニアを使えば発生する水素によって酸化膜の弱い部分の還元反応がおき、発生するシリコン原子の不対結合と窒素が結合することが分った。これによってシリコン熱酸化膜ベースの構造緻密なゲート絶縁膜の生成も可能になった。
 シリコン直接窒化膜(正確には窒化酸化膜)は、従来のシリコン熱酸化膜に比べて様々の利点を有する。シリコン熱酸化膜の値と比較すると、誘電率が約2倍、密度が約1.5倍、バッファフッ酸溶液におけるエッチング速度が1万分の1などの有用な結果を得た。MOS界面準位密度は熱酸化膜の場合に近い値であり、MOSトランジスタにとって最も重要な界面の構造は極めて安定したものとなった。さらに、LSI製造プロセスに整合する熱窒化成長プロセスシーケンスの開発を経て、圧倒的な不純物拡散阻止力, 熱酸化耐性、化学的安定性、絶縁破壊耐性, 放射線照射耐性、MOSトランジスタの 短チャネル効果抑制等の数々のCMOS-LSI製造における有用性を実証した。これらの結果は、CVD(Chemical Vapor Deposition;化学気相堆積)などで堆積した従来のシリコン窒化膜では得られることがなかった。

本業績の意義

 シリコン直接窒化技術は、1970年代後半に日本で芽生え、数々の技術課題を克服し、実用化を達成したものである。その間、多くの研究機関によって派生技術や応用技術が開発されてきた。それらの技術蓄積を踏まえ、高信頼CMOSゲート絶縁膜として今日広く実用化されるに至った。本技術は、最先端の90nm世代(図1)および65nm世代では世界の半導体企業においてマイクロプロセッサやDRAMを初めとする高性能CMOS-LSI製造の必須技術と位置付けられている。今後も高度情報化社会の基盤要素技術として活用され、広く社会に貢献するものと考えられる。

図1 90nm世代のCMOSトランジスタ構造

写真
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