第4回(平成16年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野
蛍光タンパク質の開発に基づくバイオイメージング技術の学際的革新
受賞者 | ||
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宮脇 敦史 (みやわき あつし) | ||
略歴 | ||
1987年 | 3月 | 慶応義塾大学 医学部 卒業 |
1991年 | 3月 | 大阪大学 医学部博士課程 修了 |
同年 | 4月 | 日本学術振興会 特別研究員 |
1993年 | 4月 | 東京大学医科学研究所 助手 |
1995年 〜'98年 |
10月 9月 |
カリフォルニア大学 サンディエゴ校 兼任 |
1999年 | 1月 | 理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダー |
2004年 | 1月 | 同 脳科学総合研究センター 先端技術開発センター グループディレクター |
現在に至る |
選考理由
ゲノムサイエンスと遺伝子テクノロジー分野のめざましい進歩は、数々の発見と新技術の開発をライフサイエンスにもたらし、大きな潮流を形成するにいたった。これら新しいテクノロジーのうちに、特定のタンパク質分子を、遺伝子操作により、生きている細胞の中で可視化する"ライブイメージング技術"がある。タンパク質分子の可視化技術については、これまでにもいろいろあった。しかし、遺伝子テクノロジーを利用した生細胞の可視化は、画期的な新技術で、ライフサイエンスに大きなインパクトを与えるとともに、新しい局面をもたらしつつある。それは、1992年のD. Prasher 博士 らによる、オワンクラゲのgreen fluorescent protein (GFP) 遺伝子のクローニングに端を発する。次いで彼らは、翌1993年、このGFP遺伝子クローンを遺伝子操作技術によって生きている細胞内に導入し、緑色蛍光を発するタンパク質分子を発現させることに成功し、これが、遺伝子発現のよいマーカー技術になり得ることを示した。こうして生きた細胞で特定のタンパク質分子の動態を、リアルタイムで観察することが可能になった。現在、このGFPテクノロジーに巨額のライセンス契約料が支払われているという。
宮脇敦史博士は世界で一番明るいGFP変異体の作製に成功し、少量のラベルの導入でバイオイメージングを可能にしたほか、20種類におよぶ新規蛍光タンパク質の遺伝子クローンを得ている。また、GFP技術を発展させてカルシウム指示薬の開発に成功し、従来測定できなかった細胞内局所でのカルシウム動態の解析にも成功した。特に注目すべきは自ら採取したヒユサンゴからタンパク質"kaede"を得たことで、この分子は紫外線ビームの照射により緑色から赤色に変化する。この特性を利用して、目標とする細胞のみを選択的に赤色に印づけ、その細胞や赤化したタンパク質分子の動態を生きた細胞で追跡することに世界で始めて成功した。画期的なこの生細胞のoptical marking 技術は、細胞系譜や、細胞の大規模な位置変換、移動、機能ネットワークや形態の形成等を研究する発生学、再生医学、脳科学などの分野を中心に現在使用され、広く関心を集めている。
宮脇博士はバイオイメージングテクノロジーの更なる開発を、現在活発に行っている。たとえば、定量的FRET測定法、その為のカメラシステムやイメージングのマルチカラー化を促進させる同時二波長励起装置、低反射reflector、ナノテクノロジーを利用した遺伝子細胞内導入装置、遺伝子の試験管内進化のための突然変異導入技術の開発、等を実現している。
それらの技術は、基礎生命科学、医科学分野のみならず、創薬産業を始めとして広くバイオ産業で注目され、活用されつつある。
バイオイメージングテクノロジーにおけるこれからの独創的研究と、波及効果の高い応用技術の開発を評価し、本年度受賞者とする。
研究開発の背景
1962年に、緑色蛍光タンパク質(GFP)は、下村脩博士によってオワンクラゲから発見、精製された(受賞者の生誕はほぼその頃)。1992年にクラゲGFPの遺伝子がクローニングされ、細胞生物学の蛍光ラベル技術に革命が起こった。遺伝子工学的手法を用いて、細胞、細胞内小器官、生体分子を蛍光ラベルすることができるようになったのである。1999年には、サンゴ動物から新たに蛍光タンパク質がクローニングされた。世紀をまたいで、様々な生物種におけるゲノム構造が明らかにされ、細胞の営みに関わるプレーヤー(生体分子)が出揃ってきた。今生物学はポストゲノム時代に突入したと言われる。生体分子が生きた細胞の中でどのように振舞うかを可視化することが求められている。蛍光イメージング技術の革新と普及に大きな期待が寄せられている。生体分子の示す動的な振る舞いは、細胞の増殖、分化、ガン化の機序を知る上で重要であり、特に創薬産業の領域で注目されている。
業績内容
受賞者は、学生時代より、ポストゲノム技術としてFRET(蛍光のエネルギー移動)に注目していた。1992年のGFP遺伝子のクローニングに触発され、1997年に、GFPを用いたFRET技術の有用性を示す論文を発表した。によって構造変化を起こすタンパク質に、ドナー、アクセプターとなるGFP変異体を融合させ、純タンパク質性のカルシウム指示薬cameleonを開発した。遺伝子操作でFRETを実現し、生きた細胞内で起こる分子の相互作用や構造変化を可視化する、という研究モードを初めて提示することになった。イオンの濃度は外界の刺激などによって特有の時空間的パターンを示す。イメージングは1985年頃から盛んであったが、使われる指示薬が合成化合物や発光タンパク質であって、解析する細胞種や方法に限界があった。cameleonの出現によって、生きた動植物の特定の細胞種の特定部位における濃度を測定することが可能になった。さらに我々は、GFPに円順列変異という技術を施すことで、もう一つの純タンパク質性指示薬pericamを作製した。 cameleon, pericamは、世界中の研究者によって使われ、動態や生体ホメオスタシスに関する我々の理解を深めるのに貢献している。創薬産業においても、ことに、Gタンパク質共役型受容体とリガンドとの相互作用を解析するためのツールとして使われている。
我々は、新しい蛍光タンパク質を求めて、様々な生き物(主に刺胞動物)からのクローニングを行ってきた(2003年より商品化)。狙いは2つある。第一に、蛍光タンパク質やそれに基づく蛍光イメージング技術を産業界に普及させることだ。クラゲGFPの使用に関する特許が米国にあってライセンス料は莫大である。日本の大手製薬企業でもなかなか手が出せない状況である。我々が開発する技術が、産業界においても活躍することを狙い、国産の蛍光タンパク質を使いやすい形で提供してきた。第二の狙いは、蛍光の様々な物理特性を、クローニングした蛍光タンパク質から引き出して、新しいスタイルのイメージング技術を開発することだ。2002年以降、蛍光イメージングに、「光で操作する技術」を盛り込んできた。まず、紫(外)光で緑から赤に変換する蛍光タンパク質カエデを発表した。光によって細胞、細胞内小器官、生体分子をラベルする技術を確立した。複雑に絡み合う神経細胞を生きたまま染め分けることができるようになった。再生医療で、幹細胞の動態を知るためのツールとして期待される。2004年には、異なる2つの波長の光で蛍光をオン・オフできるフォトクロミック蛍光タンパク質Dronpaを発表し、書き換え可能な分子メモリー技術を作りあげた。これを細胞生物学に応用して、生体分子動態のより動的な側面を掘り下げた。
以上のような、蛍光タンパク質に基づく技術を実用的なものにするためには、顕微鏡を含む光学系の開発が必須である。定量的FRETの高速観察のためのカラーCCDカメラ(浜松ホトニクス(株)との共同、商品化済)やディジタルマイクロミラーを利用した照明系などを開発してきた。
本業績の意義
蛍光のもつ物理特性、強度、波長、偏光、蛍光寿命、消光、エネルギー移動、褪色、光活性化、フォトクロミズムなどを追求すれば、自然、研究は学際的になる。蛍光タンパク質をめぐる物理化学や生化学に加えて、光学や工学からのアプローチも含めて研究を展開させることを心がけてきた。開発した蛍光イメージング技術は、創薬産業における医薬品スクリーニングのための強力なツールとして活躍が期待される。また、光メモリー、光スイッチ、ディスプレイなどへの応用も考えている。遺伝子でコードされ生分解性の蛍光タンパク質は、まったく新しい材料科学技術の発展を孕んでいる。
