最新の授賞
令和6年9月17日(火)に開催した理事会にて今年度の受賞者を下記2分野4名に決定いたしました。
材料分野授賞業績
題 目:イプシロン酸化鉄磁石の開発と応用展開
受賞者 | ||
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大越 慎一(おおこし しんいち) | ||
所 属 | ||
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授 |
受賞者 | ||
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生井 飛鳥(なまい あすか) | ||
所 属 | ||
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 准教授 |
受賞者 | ||
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吉清 まりえ(よしきよ まりえ) | ||
所 属 | ||
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 助教 |
半導体及び システム・ 情報・エレクトロニクス分野 授賞業績
題 目:指先の触感覚を超越可能な半導体ナノ触覚センサと各種センシングシステムの創製
受賞者 | ||
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高尾 英邦(たかお ひでくに) | ||
所 属 | ||
香川大学 創造工学部 教授
香川大学 微細構造デバイス統合研究センター センター長 |
受賞者記念コメント
材料分野
大越 慎一様
受賞を知らされてのお気持ち、ご感想
山崎貞一賞というたいへん栄誉ある賞を授与していただき誠に光栄です。錚々たるこれまでのご受賞者の方々のご偉業を良く存じておりますので、今回、賞を授与していただけたことは身に余るたいへん名誉なことと思っております。財団理事の方々をはじめ関係者の皆様、審査委員の先生方、ご推薦いただいた先生に心より厚く感謝申し上げます。また、この度は、生井飛鳥氏、吉清まりえ氏との共同受賞もたいへん嬉しく、未来の研究に向けてたいへん弾みとなります。誠にありがとうございました。
研究開発の途中で苦労または工夫された点、エピソードなど
私は、人の営みに貢献できる“ものづくり”、新物質や新現象を見つけたいという思いから、長年研究を進めて参りました。ありふれた元素からなる物質が好ましいと思い、最もありふれた元素である鉄と酸素からできた磁性材料に挑戦しました。工夫した点としては、これまでに知られている合成法では新しい物質は得られない、新しい物質を見つけるには合成法を考えるのが大切だと思い、新しいナノ粒子合成手法を考案して研究を始めました。結果として、イプシロン酸化鉄と出会ったのは本当に幸運でした。単なる酸化鉄であるにもかかわらず異常に大きな磁気ヒステリシスを持つ成分を含むことを見つけたときは、たいへん驚き興奮したのを覚えています。
受賞の対象となった研究の特筆すべきことや、一番アピールしたいこと
このイプシロン酸化鉄において巨大保磁力、最小フェライト磁石、高周波ミリ波吸収特性、最小のマルチフェロイック材料、薄色磁性体など非常に多様な機能性を開拓して参りました。次世代の高密度磁気記録媒体やミリ波吸収体といったビッグデータ・IoT時代に貢献する新素材として実用化を進めており、一部は市場に展開しております。絶縁性で高保磁力であるイプシロン酸化鉄は、きっと高い周波数の電磁波を吸収するに違いないと思い、これまでにない高いミリ波吸収周波数(現在では240 GHz)を観測できました。論文発表後は、BBC放送などで世界配信されると共に、英国立科学博物館(サイエンス・ミュージアム・ロンドン)に特別展示され、全世界の一般の人々に見ていただけたのはたいへん名誉なことでした。
受賞の対象となった研究の、将来的な展望や期待について
イプシロン酸化鉄に関して更なる市場展開を進めていきたいと考えています。この材料は多くの機能性を兼ね備えており、多様な用途展開が期待されます。また、高保磁力磁性材料のイプシロン酸化鉄と高残留磁化磁性材料を組み合わせた材料を作ることができれば、鉄と酸素からなるハード磁石が登場すると信じて研究を進めています。また、古代中国で作られた陶磁器である天目茶碗の表面の色彩がイプシロン酸化鉄であることが最近明らかとなってきており、中国故宮博物館での特別講演は感慨深く感じました。今後、古代中国陶磁器の歴史的な研究のみならず、日本国内でも再現できていない幻の赤色顔料も含めて、焼き物の色材としての研究にも展開したいと思っています。
生井 飛鳥様
受賞を知らされてのお気持ち、ご感想
材料分野において歴史あるたいへん栄誉である賞をいただくこととなり、大変光栄であるとともに、身の引き締まる思いです。選考委員会の先生方、財団の運営に関わられてきた方々に深く感謝申し上げます。また、これまで一緒に研究を行ってきた大越教授、吉清氏はもちろん、他の研究室スタッフや学生の皆様、共同研究者の皆様、共同研究企業の皆様の存在なくしては、ここまで研究を進めることは不可能でした。皆様に心から感謝申し上げたいと思います。
研究開発の途中で苦労または工夫された点、エピソードなど
私の担当の中で主要な部分の一つはミリ波吸収体の開発ですが、当初行っていた化学的ナノ粒子合成による材料開発に加え、理論計算による設計も併用しながら加工品を作製し、評価し、改善していくという分野を跨いだ開発を、共同研究企業の皆様とも協力して進めてまいりました。もともとは専門外であった電波工学を学び、設計ソフトウェアを自作するなど、手探りで進んだ点も多くありました。なお、研究を始めた当初は、ミリ波技術はまだまだ将来技術でしたので、直近での市場投入ということではないにも関わらず、一緒に夢を見て協働していただいたことに感謝の念に堪えません。
受賞の対象となった研究の特筆すべきことや、一番アピールしたいこと
化学組成としては単なる鉄さびですが、大きな結晶磁気異方性を発現するというところが大きな特徴ではないかと思います。保磁力が大きいのはもちろん、通常の一軸磁気異方性では説明し得ない高い周波数に電磁波吸収を示したことは、この材料の反転対称の破れた特徴的な結晶構造に由来しています。このような大きな磁気異方性を持つイプシロン酸化鉄からなるコンポジット磁石が実現できれば、鉄と酸素のみからなる永久磁石も開発できる可能性もあり、磁性材料の分野で重要なモチーフとなる材料であると考えています。
受賞の対象となった研究の、将来的な展望や期待について
無線通信分野でBeyond 5Gではミリ波の活用が期待されており、電磁波環境の保全の観点からは、イプシロン酸化鉄からなる電磁波吸収体がいよいよ本領を発揮するタイミングとなってきたと感じています。イプシロン酸化鉄に魅せられて長年研究に取り組んできましたが、この材料そのものの秘めた可能性は大きく、磁性材料としても光学材料としてもこれから発展していく材料であると考えています。また、イプシロン酸化鉄のように、シンプルな酸化物であっても新しい結晶構造が見つかり、予期されなかった性能が見いだされたということは、材料分野には未踏領域がまだまだあることを示していると思います。
吉清 まりえ様
受賞を知らされてのお気持ち、ご感想
山崎貞一賞というたいへん栄誉ある賞をいただくこととなり、心より感謝申し上げます。本賞のことを学生の頃に知って以来、ずっと憧れの賞であり一つの夢でもありました。この度、研究を始めた頃からご指導いただいた大越慎一教授と、イプシロン酸化鉄研究に15年近く一緒に取り組んできた生井飛鳥氏と共同で受賞することができたことは私にとって大きな喜びであると同時に、身の引き締まる思いです。本受賞を励みとして、今後一層、研究に励んで参ります。財団関係者の皆様、審査委員の先生方をはじめ、いつも支えてくださっている研究室のスタッフおよび学生の皆様、共同研究者の皆様に厚く御礼申し上げます。
研究開発の途中で苦労または工夫された点、エピソードなど
イプシロン酸化鉄は新しい材料であり、またこの物質が示す物性・現象も新しいことから、研究を行う上では実験的にも解析的にも新しい手法を開発する必要がある点が、大きな醍醐味であると同時に、苦労し工夫をしてきたところだと思います。例えば、私が深く携わった集光型ミリ波アシスト磁気記録(F-MIMR)という新しい磁気記録方式の実証を行った研究では、コンセプトとなる磁化反転現象を観測するための試料条件やミリ波を集光する技術、そして検出方法など、全て新しく構築する必要があり、多くの共同研究者と試行錯誤を繰り返し検討を行いました。磁化反転の裏付けとなる最初のシグナルが得られた瞬間の感動は忘れられません。
受賞の対象となった研究の特筆すべきことや、一番アピールしたいこと
イプシロン酸化鉄の一番の特長はやはり、安定な単なる酸化鉄Fe2O3でありながら特異的な磁気特性、電磁波吸収特性、色相、マルチフェロイック特性などの様々な機能性を有することだと思います。学部学生の頃に大越教授の講義で初めてイプシロン酸化鉄について知ったとき、この物質の魅力に強く魅かれ、その研究をやりたいという思いで研究の世界に飛び込んだことを覚えています。学問的に新しいだけでなく、その多様な機能性から応用研究としても無限の可能性を秘めている物質だと感じています。資源として豊富に存在する鉄と酸素からなるシンプルな材料であることは、持続可能な技術の発展という観点からも重要なポイントだと思います。
受賞の対象となった研究の、将来的な展望や期待について
イプシロン酸化鉄の将来的な可能性として、磁気記録用途や電磁波吸収用途への展開はもちろんのこと、材料そのものが新しいため、現在では想像していない新しい用途や機能性が見つかる可能性があると感じています。例えば、10年以上前にイプシロン酸化鉄の基礎的な研究として電子状態を第一原理計算により調べ、この材料の薄い色相について報告しましたが、最近になり、このイプシロン酸化鉄が古代中国の陶磁器表面に見られる美しい色彩の起源である可能性が明らかになってきており、当時は想像し得なかった展開へと研究が広がっています。まだまだこれから大きく発展する研究だと思います。
半導体及び システム・ 情報・エレクトロニクス分野
高尾 英邦様
受賞を知らされてのお気持ち、ご感想
この度、科学技術水準の向上とその普及啓発に寄与することを目的とする重要な意義を持つ賞を授賞いただき、畏れ多くも、言葉に尽くせない感謝の気持ちで一杯です。本研究は長年の苦楽を共にした多くの学生諸君やスタッフ諸氏と築いた成果の結晶です。受賞を知らされた瞬間には、それぞれのお立場からの支援と応援をくださった皆様の名前とお顔が次々と頭に浮かんでまいりました。また、当初は未熟であった我々の技術を実用化の水準にまで高められたのは、客観的な現状と課題を躊躇なくご指摘くださり、厳しくも温かいご指導を賜った多くの皆様のお力添えのおかげです。この場をお借りし、研究でお世話になった皆様へ心から感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。本賞の受賞を励みとし、今後も社会に貢献できる技術の創造と発展を目指して、一層邁進してまいります。
研究開発の途中で苦労または工夫された点、エピソードなど
研究で一番苦労したのは、指先の様に繊細な触感覚を持ち、なおかつ何にでも自在に触れることのできる頑丈さを持つ触覚センサの発明でした。センサを頑丈に作れば感度は鈍り、逆に高感度に作れば構造が脆弱ですぐに壊れるということを繰り返していました。どうすればこの課題を解決できるかに想いを巡らせていた2012年の或る日、偶然訪れた日本科学未来館で「地球は横から見ても下から見ても当然同じ地球に見える」とぼんやり考えていました。その瞬間、従来の触覚センサの基本構造を90度回転し、重要な構成要素を全て半導体基板上に一体集積してしまえば、高い触覚の性能と堅牢性を両立する全く新しい触覚センサが実現できることに気付きました。これが「横型触覚センサ」誕生の瞬間であり、今思えば、指先を超えるナノ触覚センシングシステムの実現につながる重要な転換点でした。
受賞の対象となった研究の特筆すべきことや、一番アピールしたいこと
繊細な「手触り」の違いを精度よく知覚・認知できる触覚センサやセンシングシステムは、重要にも関わらず実現されていませんでした。そこで私たちは「手触り」の領域を「触覚のフロンティア」と位置付けて研究に取り組みました。指先が持つ触覚の認知力は大変優れており、それは指先にある繊細な「触覚受容器」に加えて、絶えず触覚の刺激を学習している「脳」との組み合わせで初めて実現されるものです。そこで本研究では、指先以上の感度と空間分解能を持つ「ナノ触覚センサ」を新規に開発するとともに、そこで得られる高品質の触覚データを「深層学習」で人間の感覚に結び付けることで、私たちの指先が持つ触覚の能力を上回る性能を発揮できる「AI協働型触覚センシングシステム」の実現とデモンストレーションシステムの構築に成功しています。
受賞の対象となった研究の、将来的な展望や期待について
ナノ触覚センサはシンプルな第一世代型に始まり、現在は指先が感じる5つの触覚因子を同時に取得できる第三世代型まで研究を終了しています。今後は、さらに指先に近づく第四世代、第五世代のナノ触覚センサに向けた研究を進めていきます。一方で実用化も着実に進められており、第一世代に相当するナノ触覚センサはライセンス先企業から2022年に製品販売が開始されました。現在は様々な分野で第一世代の製品を用いたシステム製品の開発や応用が進められています。当初我々が想像しなかった分野からナノ触覚製品の問い合わせを受けることもあり、今後も多くの新分野でナノ触覚技術と応用製品が開発されると期待しています。また、上市化前の段階にある第二世代以降については、その機能を必要とする各種応用において企業や医療分野の皆様と共同研究を進めています。ナノ触覚技術の新しい展開と発展に向け、これからも積極的な研究開発に挑戦します。