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第5回(平成17年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野

膜蛋白質の構造と機能の解明

受賞者 受賞者
藤吉 好則 (ふじよし よしのり)
略歴
1971年 3月 名古屋大学 理学部 卒業
1979年 3月 京都大学大学院 理学研究科 博士課程 修了
(1982年 同 理学博士)
同年 4月 日本学術振興会 奨励研究員
1980年 4月 京都大学 化学研究所 教務職員・助手
1987年 2月 蛋白工学研究所 主任・主席研究員
1994年 11月 松下電器産業(株) 
国際研究所 リサーチディレクター
1996年 7月 京都大学大学院理学研究科 教授
1998年 11月 (特)理化学研究所 
播磨連携メンブレンダイナミクス
チームリーダー・グループリーダー 兼任
現在に至る

選考理由

 従来、蛋白質の構造解析のために用いられているX線構造解析では蛋白質の結晶化が必要で、膜蛋白質については解析が困難であった。藤吉好則氏は試料を液体ヘリウム温度に冷却することで電子線損傷を低減させるために極低温電子顕微鏡を開発して3次元結晶を用いないで膜蛋白質の構造決定することを可能とした。すなわち、極低温電子顕微鏡を用いることによって、チャネルや受容体などの膜蛋白質の立体構造と機能の研究を可能にした独創的なものである。
 まず同氏は植田らと共同で、電子顕微鏡により原子の像が直接撮影出来ることを証明した。次いで電子線損傷を受けやすい試料でも高分解能像が撮影できる装置を開発して、電荷移動錯体や水面膜などの研究を行い、さらに、液体ヘリウム温度に冷却した極低温電子顕微鏡を開発してシグナル伝達機構に重要な膜蛋白質解析に応用した。具体的には、光合成アンテナ蛋白質、バクテリオロドプシン、水チャネルであるアクアポリンとアセチルコリン受容体等の重要な機能性膜蛋白質の構造を次々と明らかにした。それ故、この極低温電子顕微鏡は米国やドイツ、スウェーデンなど世界的に使われるようになっている。
 同氏らにより解析された結果は、いずれも膜蛋白質全体の構造を解析することにより、これらの膜蛋白質の機能の理解に大きな貢献をしている。同氏らはナトリウムチャネルの全立体構造を明らかにした。またニコチン性アセチルコリン受容体の構造を解析して、イオンチャネル開閉の分子構造とその開閉機構の理解に大きく貢献した。これらはアセチルコリン受容体に結合するアルコールや麻酔薬の作用機序の解明にもつながる研究となっている。特に水チャネルには多くの種類が知られており、既に明らかにした水チャネル以外の各々ユニークな性質を持つ別のタイプの水チャネルの構造を機能と対応させて精力的に分子構造を解明しており、医学分野で注目されており既に世界的に高い評価を得ている。
 以上のように同氏は中枢神経系の信号伝達に関わる多くの膜蛋白質、イオンチャネルの分子構造を自ら開発した極低温電子顕微鏡を用いて、生命機能解明に大きな役割を果たす膜蛋白質の分子構造解析により世界的に最高水準の業績をあげて、生命科学の領域に多くのインパクトを与えている。これらの業績はいずれも生命機能解明から医療へと直結する実用性の高いものであり、よって本賞受賞者とする。

研究開発の背景

 タンパク質の立体構造解析の中心的な手法であるX線結晶学は、M. Perutz博士が重原子同型置換法を開発した事によって発展し、1985年にJ. Deisenhofer等により初めて膜タンパク質の原子レベルでの構造解析が行われた。しかし、電子線結晶学では、それより10年前の1975年に英国MRC分子生物学研究所のR. Henderson博士とN. Unwin博士によってバクテリオロドプシンの構造が7Å分解能で解析されていた。R. Henderson博士等はそれから15年の歳月をかけて、バクテリオロドプシンの分子モデルを電子顕微鏡で解析した。ただ、電子線による試料の損傷とミッシングコーンと呼ばれるデータが欠如した領域が存在する等の理由から、膜に垂直方向の分解能は低い状態であった。

業績内容

 受賞者等は、塩化フタロシアニン銅の原子の像が直接観察できる事を証明した(Chemica Scripta.,14,47-61(1978))が、電子顕微鏡像は、わずかな焦点条件の変化で影響を受けるので、焦点合わせに使われる電子線だけで試料の損傷が引き起こされる。この問題を解決するために、撮影する試料部分に無駄な電子線を照射しないで高分解能像が撮影できるMDS(Minimum Dose System)を開発した。MDSを用いると、有機半導体(例えばAg-TCNQ複合体)等でも、原子を分離して観察できるようになった(Nature,285, 95-97(1980))。しかし、生体高分子の構造解析には電子線損傷を軽減する事が必要不可欠である。試料を極低温に冷却すると、室温に比べて損傷を桁違いに軽減できるとの結果を得て、1986年に極低温電子顕微鏡の第1号機を開発し、日本電子(株)と共同でその改良が進められ、完成度の高い第3世代の極低温電子顕微鏡が開発された。第3世代と第4世代の極低温電子顕微鏡は、国内外で広く使われるようになった(詳細は総説:Adv.Biophys.,35,25-80(1998))。さらに、単粒子解析法に適した第5世代の極低温電子顕微鏡の開発までは完了している。
 脂質膜中に存在する状態で膜タンパク質の構造が研究できる電子線結晶学は、重要な研究手法となってきた。これまでに電子線結晶学で高分解能解析された4種類の膜タンパク質のすべては、受賞者が開発した極低温電子顕微鏡を用いて行われた(光合成アンテナ蛋白質(Nature,367,614-621(1994))、バクテリオロドプシン(Nature,389,206-211(1997))、水チャネル、アクアポリン-1(Nature,387,624-627(1997))、(Nature,407,599-605(2000))とアセチルコリン受容体(Nature,423,949-955(2003))等)。特に、水チャネル、アクアポリン-1は、ヒト由来の膜タンパク質の中で構造が解析された最初の例であり、この構造解析に基づいて、1秒間に20億分子という速い水透過を行いながら、いかなるイオンもプロトンをも通さない高い水選択性という驚異の分子機構が解明された。また、N. Unwin博士と共同で、受賞者と宮澤淳夫博士はニコチン性アセチルコリン受容体の構造を解析して、リガンド結合によるこのイオンチャネル開閉の分子機構を解明した。さらに最近、結晶が作製できなくても立体構造を解析できる単粒子解析法が注目されているが、この単粒子解析法と極低温電子顕微鏡を活用する事により、電圧感受性Na+-チャネル(Nature,409, 1047-1051(2001))やIP3受容体の構造解析が行われている。

本業績の意義

 受賞者等により開発された極低温電子顕微鏡は、国内はもとより、広く世界的に使われるようになっている。膜タンパク質の高分解能構造解析のための技術開発と相まって、独自に開発されたシステムを用いて、チャネルや受容体の生理機能が分子の立体構造レベルから解明されつつある。それゆえ、これらの研究は医学・生物学の基礎科学分野のみならず創薬の指針にもなるような構造生理学とも呼べる分野として発展すると期待されている。

写真

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