第9回(平成21年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野
インテリジェント表面による細胞シート工学の創出と再生治療の実現
受賞者 | ||
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岡野 光夫 (おかの てるお) | ||
略歴 | ||
1979年 | 3月 | 早稲田大学大学院理工学研究科 高分子化学専攻博士課程 修了 工学博士 |
同年 | 4月 | 東京女子医科大学 医用工学研究施設 助手 |
1984年 | 2月 | ユタ大学 准教授 |
1994年 | 1月 | 東京女子医科大学 教授 |
2001年 | 4月 | 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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菊池 明彦 (きくち あきひこ) | ||
略歴 | ||
1992年 | 3月 | 東京理科大学大学院理工学研究科 工業化学専攻博士後期課程 修了、博士(工学) |
1994年 | 3月 | 東京女子医科大学 医用工学研究施設 助手 |
2001年 | 4月 | 東京女子医科大学 講師 |
2003年 | 4月 | 東京女子医科大学 助教授 |
2006年 | 4月 | 東京理科大学 基礎工学部材料工学科 助教授 |
2009年 | 4月 | 東京理科大学 基礎工学部材料工学科 教授 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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大和 雅之 (やまと まさゆき) | ||
略歴 | ||
1994年 | 3月 | 東京大学大学院理学系研究科 相関理化学専攻博士後期課程 修了、博士(理学) |
同年 | 4月 | 日本大学薬学部 助手 |
1998年 | 4月 | 東京女子医科大学 医用工学研究施設 助手 |
2003年 | 4月 | 東京女子医科大学 助教授 |
2008年 | 5月 | 東京女子医科大学 教授 |
現在に至る |
授賞理由
生命科学・医療では先端的な工学テクノロジーとの融合による革新的領域の創出が極めて重要となっているが、岡野光夫、菊池明彦、大和雅之の3氏は最も先進的な医学と工学の融合により細胞シート工学という全く新しい領域を開拓し、それを再生医療にまで発展させることに成功した。
医療ではこれまで主流であった薬による治療に加え細胞や組織を用いた再生医療が大きな流れになりつつある。昨年度本賞を受賞した山中伸弥教授(京都大)のiPS細胞技術はその流れを大きく前進させる細胞の形質変換基礎技術である。今年度受賞者らの細胞シート工学技術はiPS細胞など細胞レベルの成果をさらに上段の組織レベルに繋ぎ、究極的には医療へまで結びつけることを可能にする独創的な実用的技術である。具体的には再生医療の基礎となる組織工学には従来、培養した細胞・組織をその構造と機能を保持したまま培養器より剥離することが困難であるという技術的障壁があったが、受賞者らはその障害を克服する技術の開発に成功した。すなわち、受賞者らは高分子合成やバイオマテリアル研究を展開してきた経験をもとに、37℃で疎水性、32℃以下で親水性を示す温度応答性の高分子物質に着目し、その高分子物質で細胞培養器を表面加工した後、その支持体の上に細胞を培養し、培養後に温度変化だけで培養された細胞組織を構造も機能も保持したまま回収する技術を確立した。さらにその新規細胞培養技術を用いて角膜、心筋、食道など複数の組織・臓器で難病への再生医療の臨床応用を成功させている。特に角膜の再生技術は国内で30例、フランスで20例という多数の成功例をもち、受賞者らが起ち上げたベンチャー企業が欧州で治験から細胞シート製品の市場化へ進めつつある。また、大阪大学と共同で進めた拡張型心筋症の治療では、人工心臓で延命していた患者自身の筋芽細胞から細胞シートを作製し、最終的に心筋組織の再生に成功し、人工心臓を離脱させることに成功している。今後も歯根膜、肺、肝臓などの諸臓器の再生医療にも応用が期待されている。
以上、細胞シート工学という再生医療分野で世界初の技術を開発し、それを臨床での実用化にまで発展させた岡野光夫、菊池明彦、大和雅之の3氏の業績は山崎貞一賞の受賞にふさわしいものである。
研究開発の背景
20世紀に治療の主体となった医薬品は、低分子化合物としてスタートし、生体由来のホルモンやタンパク質、核酸などのバイオ医薬品へと進化を遂げた。さらに21世紀に入り、対症療法ではなく根本治療を実現する再生治療に大きな期待が寄せられている。
業績内容
培養細胞や再構成組織を治療に供するには、培養細胞・組織をその構造と機能を保持したままで培養系から回収する必要がある。タンパク質分解酵素を用いる従来法では、細胞膜タンパク質の破壊により構造のみならず機能も低下してしまう。我々は、バイオマテリアルと細胞生物学の両面からこの問題にアプローチすることにより、ユニークな組織工学・再生医療研究を世界に先駆けて実現させた。培養表面の細胞接着性を温度をスイッチとして大きく変化させる温度応答性培養表面の開発に成功し、細胞シートの回収と移植を可能にした。剥離した細胞シートの底面は培養の間に沈着した細胞外マトリックスと呼ばれる接着タンパク質で覆われているため、スコッチテープのように片面が“糊”となっており、移植後に容易に生体に生着する。さらに、細胞シートを積層化させて三次化組織を作ることができ、「細胞シート工学」と呼ぶ新規コンセプトを創出するとともに、体系的研究を展開した。これにより、角膜、食道、心臓の新規再生医療的治療に成功した。温度応答性培養表面は理化学機器として全世界的に上市されており、角膜は欧州で治験が進行中である。このような材料表面設計から治療に至るまで一貫した工学と医学の融合により実現された「細胞シート工学」は国内のみならず国外からも高い評価を得ている。
本業績の意義
工学テクノロジーを効果的に医学・医療の中に導入して革新的な治療を創出させ、これを世界に普及させることが科学技術立国を目指す我が国の重要課題の一つとなっている。我々は、30年以上にわたる新しい取り組みにより、従来の医学と工学の学問領域を統合した新概念と新手法を基盤としたイノベーションを具体化し、再生医療の臨床応用を、世界に先駆けて開始させている。 医学と工学の集学的アプローチを可能にするユニークな体制を作り、組織工学・再生医療のブレークスルーを達成し、臨床応用に成功した。ナノテクノロジーを活用して作成する温度応答性培養表面の開発の成功と、これを利用して作製した細胞シートによる新規再生医療的治療の臨床応用の成功は、今後の再生医療の発展の基盤となるもので、内外から高く評価されている。さらにこれらの産業化にも努めている。