第2回(平成14年度)山崎貞一賞 材料分野

Ti-Ni系形状記憶合金の研究開発と実用化への貢献

受賞者
宮崎 修一 (みやざき しゅういち)
略歴
1979年 3月 大阪大学大学院 工学研究科 冶金学専攻
博士課程修了
同 年 4月 筑波大学 物質工学系 講師
1998年 4月 筑波大学 物質工学系 教授
現在に至る

選考理由

 形状記憶合金の歴史は、1951年に米国、コロンビア大学において金-カドミウム(Au-Cd)合金の形状記憶効果が発見されたことに遡る。次のエポックは、1962年に米国海軍研究所において比較的安価なチタン-ニッケル(Ti-Ni)合金の優れた形状記憶効果の発見であった。これらの合金が有する形状記憶効果と超弾性などの優れた機械的性質は多種多様な応用に結びつくものと期待されたが、この材料の工業的応用にはさらに20年の歳月を要した。その理由には、1.単結晶の育成が困難で、結晶学的な研究が進まなかったこと、2.酸化し易いため純度の高い試料が調整しにくく、構造および物性の制御が難しかったこと、などが挙げられる。
 宮崎修一氏は1980年代初期から、筑波大学大塚和弘教授の下において、形状記憶合金の基礎研究に取り組んだ。最初の成果は、従来の溶融単結晶化法を避け、焼鈍(焼きなまし)によりチタン-ニッケル合金の単結晶を育成したことで、これにより、形状記憶効果の機構解明が急速に進むようになった。単結晶を用いた基礎研究では、引張変形および加熱効果により生じるマルテンサイト変態歪みなどの幾つかの相の発生とそれらの相互作用(自己調整)機構が初めて明らかにされた。これらの知見に基づき、宮崎氏はさらに、「冷間加工」および「焼鈍」により、チタン-ニッケル合金の内部構造を制御することにより、形状記憶特性を再現性よく、安定に出現させることに成功した。この成果により初めて、形状記憶特性を示す信頼性の高い工業材料が安定に提供されることが可能になった。なお、この成果は、1982年に日本国のみに特許出願され、わが国の基本特許として確立している。
 宮崎氏の技術は古河電気工業(株)はじめ日本企業4社、米国企業2社の合計6社に供与され、形状記憶合金製造の基本技術になっている。(特許実施権は古河電工が所有し、他の日本企業に供与。) 現在応用されている製品分野は約40種類で、代表的な製品として、(1)小型駆動部品:カメラ、オーディオ、その他精密部品、(2)超弾性部材:メガネ・フレーム、ブラジャー、医療材料(ガイド・ワイヤ、歯科矯正用材など)、が挙げられる。特に、医療用具の今後の伸びが期待されている。
 具体的に、チタン-ニッケル合金素材の売り上げは、現在、国内で年間30億円に到達している。(全世界の市場規模は約100億円と予想される) また、形状記憶合金を用いた製品の総売上高は、現在、2,000億円以上と見積もられ、実質的に巨大な新規事業分野を形成したことと見なしてもよい。この分野における宮崎氏の開発した技術の貢献は、本技術に基づく製品の市場占有率が50%以上であることからも、極めて大きいと判断することができる。

業績内容

 本受賞者は、主として形状記憶合金に関する研究を多面的に行い、マルテンサイト変態に伴う結晶学的な側面と形状記憶効果及び超弾性の特性に関する材料学的な側面について、数多くの先駆的な成果を挙げてきた。その中で、本賞の対象になる成果はTi-Ni合金に関するものであり、多くの形状記憶合金の中で実用的に最も優れた材料として開発し、生活の中に広く利用される状況を作り上げるための基本技術を確立したことである。本受賞者の研究成果によりTi-Ni合金には著しく優れ、かつ安定した形状記憶及び超弾性の特性が実現でき、強度、加工性、耐食性、生体適合性等にも優れた本来の特性と合わせて、世界に形状記憶合金の産業が創出されることとなった。
 形状記憶効果が1951年にAu-Cd合金で初めて認められてから、1980年頃までにIn-Tl、Cu-Al-Ni、Cu-Zn-Al、Ti-Ni等の多くの形状記憶合金が発見されてきた。その中で、Ti-Ni合金を除き、単結晶作製が容易なCu-Al-Ni合金等の材料は、結晶学的研究が急速に進められた。特に、Cu-Al-Ni合金は単結晶では極めて良好な形状記憶効果を示すが、多結晶では結晶粒界が破壊し易く実用的には使えなかった。Ti-Ni合金が実用材料として開発されなければ、形状記憶合金は単におもしろい材料ということで終わっていたと思われる。
 Ti-Ni合金が形状記憶効果を示すということは、1962年に米国の海軍研究所において発見された。その特異な性質の故に多くの研究者の関心を集めたが、1980年代の初めまで約20年間にわたり謎に包まれた材料であった。この理由の一つとして、単結晶作製が困難であったことの他に、内部組織の制御とその効果について全く理解されていなかったことが挙げられる。研究の進んでいた他の形状記憶合金の場合、記憶を付与するためには、相分離を起こさせない高温で熱処理を行うことが常識であった。しかし、本受賞者は、組織制御の可能な中間温度で熱処理を行ってもTi-Ni合金の形状記憶効果が損なわれず、むしろ安定度が格段に増すことを見い出した。あまりにも安定した特性が現れたため、始めは測定装置に問題があるのではと疑った程であった。この熱処理法は、冷間加工により導入された転位を熱的に再配列させ、平衡状態図にはない準安定相の微細析出物を形成することにより、形状記憶特性を飛躍的に改善するための組織制御の方法であり、形状記憶特性が、合金組成の他に内部組織に極めて敏感である事が明らかにされた。この成果は、Ti-Ni合金研究の長い混乱期に終止符を打ち、その後の基礎研究と材料開発の発展のきっかけを与えたと認められている。この成果はまた、1982年に「Ti-Ni系超弾性材料の製造方法」として特許出願され、現在供給されているTi-Ni合金の製造法の基本技術になっている。本受賞者は、その後も継続的な研究により特性改善を通じて形状記憶合金産業の創出に貢献を為してきた。このように、Ti-Ni形状記憶合金はアメリカで生まれ、20年後に日本で実用材として成長し、世界中で使用されるようになったと考えられる。
 Ti-Ni合金の応用範囲は工業のみならず医療をも含めたあらゆる産業分野に広がっており、実用面から要求される材料開発の問題が基礎研究の対象にもなっている。研究範囲がミクロからマクロに及び、基礎研究に加えて実用研究までがそれぞれニーズとシーズとなり直結していて、研究の幅広さと多様性を生み出している。Ti-Ni合金が実用材料として認知された結果、金属材料の分野から離れて機械工学でも形状記憶合金が重要な研究対象として扱われている。またアメリカでは、センサーやアクチュエータの機能を有するスマートマテリアルを用いたスマートシステムの研究開発が盛んである。ここで使用されるアクチュエータ材料の代表の1つはTi-Ni形状記憶合金であることを考えると、Ti-Ni合金はスマートシステムの研究分野を生み出した立て役者の代表格でもある。
 以上は、溶解法で作製するバルク材料に関する成果であるが、本受賞者は、その後、スパッタリング法によりTi-Ni合金薄膜を作製し、完全な形状記憶効果を1ミクロン厚さの薄膜で初めて実現させた。マイクロマシンを駆動させるための強力大変位マイクロアクチュエータの作製を可能にする材料として強く期待されている。今後、マイクロマシン等のミクロな分野における産業を作り上げる可能性を持っている。

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