第5回(平成17年度)山崎貞一賞 材料分野

トンネル磁気抵抗素子の応用に関する研究

受賞者
宮崎 照宣 (みやざき てるのぶ)
略歴
1972年 3月 東北大学 工学研究科 応用物理学専攻
博士課程修了
同年 4月 東北大学 工学部 助手
1973年
〜75年
4月
9月
西ドイツレーゲンス大学 助手 及び
フンボルト財団 研究員
1975年 10月 東北大学 工学部 助手
1985年 6月 同 工学部 助教授
1991年 8月 同 工学部 教授
1997年 4月 同 大学院 工学研究科 教授
現在に至る

選考理由

 コンピュータの記憶媒体であるHDD(Hard Disk Drive)の記録密度を高めるには、磁気ディスクへの記録性能に加え、その読み取り性能を向上させることが極めて有効であり、このための磁気ヘッドの高性能化はHDDの高記録密度化の歴史とほぼ同じと見なされる。これまでの歴史を振り返るとAMR(Anisotropic Magnetoresistive)効果を用いた磁気ヘッドが高記録密度化のために登場し、続いてGMR(Giant Magnetoresistive)効果を用いた磁気ヘッドが登場した。しかし記録密度の向上は留まるところを知らず、ついに 100Gbit/inch2以上の記録密度が期待されるようになってGMR効果による磁気ヘッドではその達成が難しくなった。
 TMR(Tunnel Magnetoresistive)効果を用いた磁気ヘッドはGMR効果を凌ぐヘッドとして近年開発が活発になり、GMR磁気ヘッドをこのTMR磁気ヘッドですべて置き換える可能性もでてきた。TMR効果は、薄い絶縁体を強磁性体で挟んだトンネル接合で生じる磁気抵抗効果である。TMR効果の最初の報告は1975年に4.2Kの低温で、フランスRennes大のJulliereによりなされている。この後もいくつか報告はなされたものの室温でのMR比が1%以下と低いため、あまり注目されなかった。
 宮照宣氏は1985年頃から磁気抵抗効果の研究を始めていたが、1988年の金属人工格子によるGMRの報告に刺激され、同じスピン依存伝導であるTMR効果の研究に着手した。同氏は1991年に室温で2.7%のTMR効果を、ついで1994年にはFe/Al2O3/Feの接合で室温でのMR比が18%の巨大TMR効果を発見するに至り、以来わが国のTMR磁気ヘッドの開発をリードしてきた。この間に電極材料、絶縁材料の最適化、トンネル抵抗の低抵抗化、TMR効果の安定化など実用化に向けた重要技術の開発にも注力した。この同氏の研究論文は281回世界中で引用され、同氏の発表を契機にTMRに関する特許出願が急増していることから見ても、同氏のTMRに関する研究がいかに大きなインパクトを世界に与えたかを伺い知ることができる。現在、TMRによるヘッドは米国Seagate Technology社が2.5インチ型HDDに全面採用すると発表し、TDKは2006年に垂直磁気記録にTMRを組み合わせて量産すると発表。日立や富士通もTMRヘッドを採用すると報じられている。これらの実用化において各社各様の工夫はあるにせよ、その基盤を同氏が構築した業績はきわめて大きい。また、TMRの技術は将来のメモリー素子として期待されているMRAM開発の源にもなっている。
 同氏が拓いたトンネル磁気抵抗効果の基礎は、総額3兆円といわれるHDD市場を大きく支えるだけでなく、当該分野の今後の新しい研究開発を活性化する重要技術として、スピンエレクトロニクスの形成・発展に大きく寄与するものであり、よって本賞受賞者とする。

研究開発の背景

 TMR効果は、薄い絶縁体を強磁性体で挟んだトンネル接合(強磁性層/絶縁層/強磁性層)で生じる磁気抵抗効果である。AMR (Anisotropic Magnetoresistive)効果やGMR (Giant magnetoresistive)効果といった他の磁気抵抗効果と同様にスピン依存伝導である。トンネル磁気抵抗(Tunnel Magnetoresistive:TMR)効果の報告は1975年Julliereによるものが最初であり、その後いくつかのグループから報告されたが、室温でのMR変化率が1%以下と小さかったため、あまり注目されなかった。

業績内容

 受賞者らは1991年には室温で2.7%のTMR効果を、ついで1994年にはFe/Al2O3/Feの接合で室温での値が18%の巨大TMR効果を発見した。以来受賞者らは我が国に於けるTMR素子を用いた再生磁気ヘッドおよび固体磁気メモリの開発をリードしてきた。具体的な問題としては、(1)接合の電極である材料の最適化、(2)接合のトンネル抵抗の低抵抗化、(3)熱処理によるTMR効果の向上と熱的安定性、等があげられる。これ等を実現するための技術としては、[1]均質で薄い絶縁層の作製技術と評価技術、[2]磁性体と絶縁体の界面の平坦化技術と界面状態の評価技術があげられる。前者についてはICPプラズマ酸化法と伝導性原子間力顕微鏡(Conducting Atomic ForceMicroscope)を取り入れ、薄い絶縁層(低抵抗トンネル接合)の作製に、後者については非弾性電子トンネル分光法(Inelastic Electron Tunneling Spectroscopy)を取り入れ界面の評価を行い、良質なトンネル接合の作製に成功した。その結果、室温で50%、4.2Kで77%の高いTMR比を得ている。 最近ではMgOを障壁とするトンネル接合およびホイスラー合金を電極とするトンネル接合が注目されているが、ホイスラー合金を用いたトンネル接合の研究では世界をリードしている

本業績の意義

 先ず、100Gbit/inch2クラスの高密度HDDの開発、実用化に貢献した点があげられる。更に、不揮発性のメモリであるMRAMの開発に貢献している。MRAMはサンプル出荷の状況で実用化には至っていないが、世界中で研究開発が行われており、その期待感は日々高まっている。これら産業の発展への貢献に加えて、本研究は下図に示すようなスピンエレクトロニクスなる学問分野の形成に寄与し、その学術的は意義大きい。今後、このスピンエレクトロニクス分野の飛躍的発展により、省エネルギー型でしかも災害時などにおいても記憶が失われない待機電力ゼロのコンピュータ等が可能となり、環境に優しい社会の実現に貢献できる。

図1スピンエレクトロニクスの概念図
図1 スピンエレクトロニクスの概念図

図1 スピンエレクトロニクスの概念図
スピン依存伝導である巨大GMR効果、巨大TMR効果の発見がトリガとなりスピンエレクトロニクス分野を形成した。HDD、MRAMおよび超高感度センサが当面の産業のターゲットを、その他が将来の研究開発テーマを示している。


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