第6回(平成18年度)山崎貞一賞 材料分野
太陽光を利用する光触媒環境材料の開発
受賞者 | ||
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橋本 和仁 (はしもと かずひと) | ||
略歴 | ||
1980年 | 3月 | 東京大学大学院 理学系研究科 修士修了 |
同年 | 4月 | 分子科学研究所 文部技官 |
1989年 | 9月 | 東京大学 工学部 講師 |
1991年 | 11月 | 同 助教授 |
1997年 | 6月 | 東京大学 先端科学技術研究センター 教授 |
2004年 | 4月 | 同 所長 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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渡部 俊也 (わたなべ としや) | ||
略歴 | ||
1984年 | 3月 | 東京工業大学大学院 理工学系 修士修了 |
同年 | 5月 | 東陶機器(株)入社 基礎研究所 |
1996年 | 10月 | 同社 光フロンティア事業部 次長 |
1997年 | 4月 | 同社 基礎研究所 研究主幹 |
2001年 | 4月 | 東京大学 先端科学技術研究センター 教授 |
2006年 | 4月 | 東京大学 国際・産学共同研究センター 副センター長 |
現在に至る |
授賞理由
光触媒の本格的な実用化は、橋本和仁氏が分子科学研究所から東京大学工学部合成化学科藤島研究室に移り、東陶機器株式会社(TOTO)との共同研究が1990年に始まってからのことであった。最初の発見は、TiO2の薄膜コーティング技術が開発されたことで、薄膜にすることにより、蛍光灯のような微弱な紫外線でも薄膜表面の有機物が分解されること(『光誘起酸化分解機能』)であった。当時TOTO基礎研究所研究主査であった渡部俊也氏は藤島研究室に通いながら、細菌の繁殖や汚れの防止に光触媒が有効であることに注目し、抗菌タイルの製品化に結びつけた。
橋本氏と渡部氏の間で行われた産学連携共同研究により得られた第二の成果は、『光誘起親水化機能(超親水性)』の確立であった(1995年; 1997年、Nature誌に発表)。TiO2コーティングの表面が紫外線照射により水に馴染みやすくなり、表面の水滴が一面に薄く広がる現象である。第一の汚れを分解する機能に加え、第二の超親水性により汚れが落ちやすくなるため、太陽の光と雨水によって、汚れが除去されるセルフクリーニング建材が完成することになった。そして、TiO2光触媒の応用形態がタイルからシート、布、コーティング塗料などへ広がり、防汚、防臭、抗菌、防かび材など、またこれらを組み込んだ商品(歯ブラシ、浴槽、蛍光灯など)の開発が進められていった。2004年度における市場規模は世界全体で800億円を超し、年率20%に迫る高成長性を見せている。純粋なTiO2の触媒作用は380 ナノメータ以下の紫外領域に限られるが、可視光で応答する材料も数多く出現しており、更なる性能向上および用途拡大により、1兆円以上の市場も夢ではないと期待されている。
TiO2光触媒が『環境材料』としての確たる位置を獲得したのは、NOxを除去することが確実視され、大気汚染公害および高速道路公害に対処する空気浄化システムへの展開が可能になったことであった。さらに、シックハウス症候群を来たす揮発性有機化合物(VOC)の分解あるいは工業および農耕排水中の有害物質の分解除去など、大気汚染・水質汚濁対策への応用が確実に拡がっている。
経済産業省は、2002年9月より光触媒に関する標準化の動きに乗り出し、2004年1月に第1号の日本工業規格(JIS)『光触媒の空気浄化性能試験方法』(JIS R 1701-1:2004)を制定した。引き続いて、「セルフクリーニング性能」、「水質浄化性能」、「抗菌・防かび性能」の試験方法に関する規格が検討されている。さらに、わが国の提案に基づき、光触媒の試験方法が国際標準化機構(ISO)により国際規格化される合意が形成されている。このように、環境材料としての光触媒は、『日本発の技術』が世界の標準になるという、わが国が最も誇るべき先端技術の一つとして飛躍のときを迎えつつある。
研究開発の背景
酸化チタン光触媒反応は水の光分解反応である「ホンダ・フジシマ効果」(Nature, 1972年)を基礎とする日本発の技術であり、1970年代は太陽エネルギー獲得方法として、1980年代からは水処理や大気浄化法として世界中で広く研究されていた。しかし長年の研究にも関わらず、1980年代の後半には、光触媒反応は実用的な技術とはなり得ないと考えられていた。それは、太陽光はエネルギー密度が低いため、その太陽光を利用する光触媒反応はエネルギー獲得や大量の物質の処理には適さないからである。
業績内容
受賞者らは1990年ごろ、微弱光下における酸化チタンコーティング薄膜の光触媒反応という全く新しい着想を得た。これは太陽光や室内光の光エネルギーの密度は低くても、酸化チタン表面にある吸着物質のみを反応の対象とするのであれば十分なエネルギー量であり、光触媒反応は有効な実用的技術になり得るとの独創的考えに基づいたものである。この発想により光触媒抗菌タイル、トンネル照明のセルフクリーニングカバーガラスなどが開発された。さらに受賞者らは 1990年代の半ばごろに、光照射により酸化チタンコーティング材料の表面が著しく水にぬれやすくなる新規現象(光誘起親水化反応)を発見した。その結果、それまでの光触媒反応によるセルフクリーニング効果が光の量によって適用範囲が限定されていたのに対し、光誘起親水性効果を組み合わせることにより、水により汚れ物質を容易に洗い流すという機能も付加した適用範囲のきわめて広い画期的なセルフクリーニング材料の開発に繋がった。さらに親水性材料表面では水は薄い膜となって形成され、水滴がつかないことから、酸化チタンコーティング材料は自動車のバックミラーなどの防曇材料としても広く使われるようになった。これらは化学物質や電力を使わずに、自然光と雨水といった自然エネルギーのみで機能発現する環境にやさしい材料として高く評価されている。
さらに受賞者らは1990年代の終わりごろより大地や建築物外壁を反応場とする光触媒反応による環境保全システムの開発というきわめて独創的な研究に着手し、農業廃液の浄化材料、揮発性物質で汚染された土壌の浄化材料、省エネ・都市温暖化緩和材料など多岐分野にわたり環境浄化のための材料とシステム開発に成功している。これらは太陽エネルギーと雨水のみを利用するという21世紀型の理想的なサステーナブル環境改善技術であり、真の環境ビジネスの創生につながるものとして大変高く期待されている。
本業績の意義
「微弱光下での酸化チタンコーティング薄膜の光触媒反応の発見」は、それまでの光化学反応の研究が強い光源を用いることを前提として研究されていた中での逆転の発想ともいえるもので、光化学という学問分野全般に対し全く新しい視点を与えることとなった。また、「光誘起親水化現象」の発見は、ごく微弱な紫外線が金属酸化物表面の物性を大きく変化させるというそれまでの表面科学の常識を大きく覆すものであり、新しい学問領域を誕生させた。さらにこれらは産業界における活発な応用研究をも引き起こすこととなり、それは現在、国内で約550億円、海外で300億円強の光触媒産業として結実している。
「大地や建築物外壁を反応場とする酸化チタン光触媒反応の発見」は環境保全・改善のための技術として発展し、国や地方自治体、産業界と大学の連携による様々な産学官連携プロジェクトとして展開している。
このように、本業績は、学問分野にとどまらず産業界あるいは一般社会にも大きなインパクトを与えておりその意義は極めて大きいといえる。
