第9回(平成21年度)山崎貞一賞 材料分野
アモルファス合金の開発と工業化への貢献
受賞者 | ||
---|---|---|
増本 健 (ますもと つよし) | ||
略歴 | ||
1960年 | 3月 | 東北大学大学院 工学研究科 博士課程終了 (工学博士) |
同年 | 4月 | 東北大学金属材料研究所 助手 |
1966年 | 6月 | 東北大学金属材料研究所 助教授 |
1971年 | 4月 | 東北大学金属材料研究所 教授 |
1989年 | 4月 | 東北大学金属材料研究所 所長 |
1996年 | 3月 | 東北大学停年退官 東北大学名誉教授 |
同年 | 4月 | (財)電気磁気材料研究所 所長 |
2009年 | 7月 | (財)電気磁気材料研究所 理事長 |
現在に至る |
受賞者 | ||
---|---|---|
藤森 啓安 (ふじもり ひろやす) | ||
略歴 | ||
1959年 | 3月 | 北海道大学 理学部物理学科 卒業 |
同年 | 7月 | 東北大学金属材料研究所 助手 |
1969年 | 4月 | 東北大学金属材料研究所 助教授 |
1979年 | 4月 | 東北大学金属材料研究所 教授 |
1998年 | 4月 | 東北大学金属材料研究所 所長 |
2000年 | 3月 | 東北大学停年退官 東北大学名誉教授 |
同年 | 4月 | (財)電気磁気材料研究所 理事研究統括 |
2009年 | 3月 | (財)電気磁気材料研究所 評議員 |
現在に至る |
授賞理由
増本氏は1960年代後半に高強度・高靭性、超耐蝕性、軟磁性という「アモルファス合金の3大特性」の発見を通して「アモルファス金属」に関する材料科学の基盤を築いた。とりわけ、1976年新たに考案した「単ロール法」は幅広薄帯の大量連続生産を可能にし、アモルファス合金の工業製品化を爆発的に増加させたものであり、その歴史的意義は大きい。
そのような経緯の中で増本・藤森両氏は1973年から協力して、軟磁性合金の代表であり新産業創生の基本材料となる零磁歪CoFeSiB系および高飽和磁化FeSiB系合金を開発した。1975年からは新技術開発事業団の支援により数々の委託開発事業を成功に導きわが国のアモルファス合金、特に磁性材料としての応用を推進した。これらの成果により現在ではスイッチング電源用コアを初めとして多品種の実用製品が大量に生産されている。
「単ロール法」によって生産されるアモルファス合金は現在年間10万トンにおよび、それによる応用製品総生産額は世界全体で1兆円を超えるとされている。加えて最近では環境問題に対応する省エネルギーの観点からアモルファス合金鉄心を用いたトランスが注目され、日欧米さらに中国・インド等で需要が急伸している。
以上の理由により、増本健・藤森啓安両氏の「アモルファス合金の開発と工業化への貢献」を第9回山崎貞一賞材料分野の受賞とする。
研究開発の背景
「非平衡状態を利用して特殊な原子構造や組織を持つ新しい金属を作り出し、既存の金属では得られないユニークな高機能性を探求して、新規な機能材料を創製する」と言う発想を基に研究を行ってきた。とくに、昭和44年以来の「アモルファス合金の研究」が中心である。当時の金属材料に関する研究は総て結晶金属を対象としており、非結晶(アモルファス)合金についての材料学的研究は行われていなかった。最初の研究の動機は、アモルファス状態の材料特性はどうなるか、について興味を持ったことである。
業績内容
「金属・合金は結晶である」と言う従来の一般常識に反する「アモルファス合金」の存在を確信して、材料特性について系統的研究を行い、材料特性の解明のみならず工業化に対して大きな貢献を果たした。特筆すべきは、アモルファス鉄合金の三大特性として、高強靭性(昭和46年)、超耐食性(昭和49年)、高透磁性(昭和49年)を発見したことである。
三大特性の発表は、当時の産学界に大きな反響を与え、全国の大学や企業の多くの研究者と共に協同研究を行い、アモルファス合金の組織・構造、熱物性、電気的性質、機械的性質、磁気的性質、化学的性質などの広範な物性の解明に精力を注いだ。その結果、三大特性の他に、高い耐放射線損傷(昭和52年)、広い温度範囲のインバー・エリンパー特性(昭和52年)、優れた触媒能(昭和56年)、アモルファス超伝導性(昭和55年)、水素吸蔵アモルファス化能(昭和62年)など、アモルファス合金特有な諸物性を次々と明らかにした。また、定形状のアモルファス合金を簡単に作ることができる作製装置「単ロール法」を考案(昭和51年)して、アモルファス合金試料が誰でも容易に作れるようにした。 この方法は、その後世界各国に普及して、大学等の研究室に設置され、材料作製装置として広く利用されている。また、この単ロール法は、国内外で生産されている幅広薄帯製造装置の基本原理となっている。
また、実用的な合金組成の探索を行い、有用な鉄系アモルファス合金の開発に成功した。現在、世界で生産されている鉄系アモルファス合金は(Fe,Co)-B-Si合金(昭和49年)であり、アモルファス軟磁性材料の基本組成となっている。その他、細線製造法および微粉末製造法を考案、大量生産法として実用化されている。
本業績の意義
本業績の意義は、(1)アモルファス合金の本質的特徴として三大特性を発見したこと、(2)実用上有効な種々のアモルファス合金組成を見つけたこと、(3)溶湯から直接に急冷して、アモルファス合金の薄帯、細線、粉末を簡単かつ高速で作製する省エネルギー型製造法の原理を開発したことであり、わが国独自のアモルファス合金の開発と工業化に大きく貢献したことである。
アモルファス合金の材料物性の内で、最も利用されているのは「軟磁性」である。結晶異方性が無く、均一組織であるアモルファス鉄合金は、高電気抵抗の優れた軟磁性材料であるため、低鉄損の磁心材料として有用である。ことに、アモルファス鉄心トランスは、最近、省エネルギー制度の「トップランナー機器」として公式認定され、省エネ型トランスとして注目を集めている。
最近、わが国のアモルファス合金の生産は大きく伸長しており、平成20年度の総生産量は世界の約6割(素材生産量:約5万トン/年)を占めている。その主な応用分野は、軟磁性材料として、省エネトランス鉄心のほか、IT,OA電子機器等の電源用部品、電磁波吸収材料、電波受信アンテナなど、需要が拡大している。また、細線は盗難防止タグ、MI型磁気センサ等、撚り線材(釣り糸、強度補強材等)など、急冷粉末は高性能コンポジット磁性部品(磁気シールド板、磁気コア等)として販売されており、平成20年度の世界での総販売額は数兆円規模であると推定されている