第10回(平成22年度)山崎貞一賞 材料分野
ArFエキシマレーザリソグラフィ用新規レジスト材料の開発と実用化
受賞者 | ||
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武智 敏 (たけち さとし) | ||
略歴 | ||
1980年 | 3月 | 大阪大学 基礎工学部合成化学科 卒業 |
同年 | 4月 | 富士通株式会社 入社 |
1998年 | 4月 | 同社 プロジェクト課長 |
2003年 | 1月 | 同社 知的財産・技術支援部 |
2010年 | 4月 | 富士通セミコンダクター(株) |
現在に至る |
受賞者 | ||
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野崎 耕司 (のざき こうじ) | ||
略歴 | ||
1986年 | 3月 | 北海道大学 理学部化学科 卒業 |
1988年 | 3月 | 同大学大学院 理学研究科 修士課程 修了 |
同年 | 4月 | 富士通株式会社 入社 |
1993年 | 6月 | 株式会社富士通研究所 |
2002年 | 5月 | 同社 主任研究員 |
2008年 | 6月 | 同社 主管研究員 |
現在に至る |
授賞理由
半導体大規模集積回路(LSI)の微細化では、写真製版技術(リソグラフィ)が欠かせない。この微細化では、用いる光の短波長化に対応した感光材料(レジスト)の研究開発が鍵となる。21世紀初頭に要求された90nm世代のLSI製造には、従来より短い波長のフッ化アルゴン・エキシマーレーザ(ArF, 波長193nm)を用いたArFリソグラフィ技術が不可欠であった。
武智敏、野崎耕司両氏は、それまでの波長光では有効であったベンゼン環を含んだレジストがこれ以下の波長では無効となるのに対し、アダマンチル基を使った新規材料のコンセプトを1990年に世界で初めて提案した。その後、アダマンチル基とラクトン基等を組み合わせたArFエキシマーレーザリソグラフィ用新規レジスト材料の実用化が実現した。
現在では、本技術が世界の標準となっており、特許の引用回数も極めて多い。本レジスト材料は、300億円/年以上の市場規模となり、約20兆円の半導体市場のうち、このレジストを用いて生産されるLSIは、年間10兆円規模の市場と推定される。
以上の理由により、武智敏・野崎耕司両氏を第10回山崎貞一賞材料分野の受賞とする。
研究開発の背景
半導体大規模集積回路 (以下、LSI) は、電子機器や装置の頭脳部分として中心的役割を果たしている。LSIは、小型化に伴う経済的メリットと、高集積化による高性能化を目標に微細化が推し進められてきた。この微細化は主に写真製版技術 (リソグラフィ技術) で用いる光の短波長化によって進展してきた。しかしながら今世紀初頭に必要とされた90 nm世代のLSI製造には従来より短い波長 (193 nm) のArFエキシマレーザ光 (以下、ArF光) を用いた新しいArFリソグラフィ技術が必要であった。その実現には従来の感光材料 (レジスト) に代わる新規材料が不可欠であった。しかしながら新規レジスト材料の見通しはなく、ArFリソグラフィ技術実現の最大課題であった。
業績内容
本研究は”ArFレジスト材料”の開発を行い、従来と異なる新規材料コンセプトを提案し、その実用化を行った。
従来レジストには、ベンゼン環を含む樹脂が使用されてきたため、ArF光に対して不透明であり
レジストとして機能しないという大きな課題があった。またLSI製造工程で必要な特性であるドライエッチング耐性にはベンゼン環が不可欠とされてきたが、ArFリソグラフィの実現には新たに透明性とドライエッチング耐性を有する材料が必要であった。受賞者らは、透明性とドライエッチング耐性が両立する材料として炭素が環状に繋がった脂環構造を見出し、その一種であるアダマンチル基をレジストに導入し、これまで不可能であった透明性とエッチング耐性を世界で初めて両立させた(1990年特許出願)。

図1 透明性とドライエッチング耐性の両立
これ以降、ArFレジスト材料開発は脂環構造樹脂によるものが主流となったが、その強い疎水性のため微細なパターンは形成できなかった。受賞者らは以下に述べる技術開発により先進的な性能をもつレジストを実現した。疎水性が高いアダマンチル基に対し、親水性の高いオキソ環構造を開発して組み合わせ、高精細なパターンの形成を可能にした(1994年特許出願) 。高性能化のためアダマンチル基を酸分解性(脱離型) とし露光部の現像液への溶解性を向上させること、オキソ環構造をより強い親水性を持つラクトン基を用いることで、世界に先駆けて実用的な性能を持つArFレジストを実現した(1995年、1996年特許出願)。 その後、これら材料自体のコストダウンや機能向上を行ない、脂環構造であるアダマンチル基と親水性の強いラクトン基を組み合わせた新規材料コンセプトとして完成させた。また同時にレジストメーカに技術供与を行なって、開発レジストのLSI製造工程への導入を進めて今世紀初頭から先端LSIへの製造適用を実現した。

図2 新規ArFレジスト材料のコンセプト
本業績の意義
本業績レジスト材料は高い解像性と実用的なエッチング耐性を合わせもっておりレジストメーカに技術供与された結果、ArFリソグラフィにおける標準レジストとしてLSI量産に適用された。
ArFリソグラフィは2001年ころからデバイスメーカ各社で90nm世代LSI製造の試作に導入され、本業績レジスト材料が使われた。さらに2004年ころに本格化した90nm世代LSIの量産にも適用された。高い解像性をもつ本業績レジスト材料は65 nm世代 (2006年量産開始)および45 nm世代 (2008年量産開始)のLSI製造にも継続して適用された。また2010年に量産が始まる32nm世代のLSI製造でも本業績レジスト材料が継続使用される見込みである。90nm以降の先端LSI量産に適用されてきた本業績は、微細化によるLSIの低消費電力化・高速化に貢献している。
世界半導体生産能力統計(SICAS)によると全世界の生産能力のおよそ半分を90 nm以降の先端LSI製造ラインが占めており、世界半導体市場統計(WSTS) で示される約20兆円の半導体市場のうちの10兆円の市場に本業績が波及していると推定される。

図3 70 nmレジストパターン断面写真とそれを使って製造されたLSIチップ写真