第14回(平成26年度)山崎貞一賞 材料分野
非線形光学結晶CsLiB6O10の発見と新しい深紫外レーザー光源実用化への貢献
受賞者 | ||
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佐々木 孝友(ささき たかとも) | ||
略歴 | ||
1969年 | 3月 | 大阪大学 大学院工学研究科 修士課程修了 |
1970年 | 4月 | 大阪大学 工学部 助手 |
1978年 | 3月 | 大阪大学 工学部 講師 |
1978年 | 6月 | 大阪大学 工学部 助教授 |
1992年 | 12月 | 大阪大学 工学部 教授 |
1998年 | 4月 | 大阪大学 大学院工学研究科 教授 |
2007年 | 4月 | 大阪大学 先端科学イノベーションセンター客員教授 大阪大学名誉教授 |
2009年 | 4月 | 大阪大学 光科学センター 特任教授 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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森 勇介(もり ゆうすけ) | ||
略歴 | ||
1991年 | 3月 | 大阪大学 大学院工学研究科 博士前期課程修了 |
1993年 | 4月 | 大阪大学 工学部 助手 |
1999年 | 5月 | 大阪大学 大学院工学研究科 講師 |
2000年 | 10月 | 大阪大学 大学院工学研究科 助教授 |
2007年 | 4月 | 大阪大学 大学院工学研究科 准教授 |
2007年 | 5月 | 大阪大学 大学院工学研究科 教授 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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吉村 政志(よしむら まさし) | ||
略歴 | ||
1999年 | 3月 | 大阪大学 大学院工学研究科 博士後期課程修了 |
1999年 | 4月 | 大阪大学 大学院工学研究科 助手 |
2007年 | 4月 | 大阪大学 大学院工学研究科 助教 |
2007年 | 10月 | 大阪大学 大学院工学研究科 准教授 |
現在に至る |
授賞理由
佐々木氏を筆頭とする大阪大学のグループは1993年に非線形光学結晶(NLO)、セシウム・リチウム・ボレートCsLiB6O10(CLBO)を世界で初めて合成した。この新結晶は従来のNLO (β-BaB2O4(BBO))に比して透明波長領域が広く(2.7μm〜180nm)、紫外光発生に適した複屈折性を有し、第4、第5次高調波発生による深紫外の光源として最適と期待された。ところが、結晶の吸湿性によるクラック発生、白濁化などにより、実用化は困難と考えられた。そのような状況にもかかわらず佐々木氏らは、高品質化技術の開発を20年に亘り粘り強く続けることにより、結晶内の不純物・点欠陥を除去すると同時に、大型単結晶育成技術を確立し、光学素子としての製品化と世界最高出力(42W)の深紫外光(266nm)発生を達した。
具体的な応用としては、45nmノード世代以降のリソグラフィ用フォトマスク検査光源、孔径10μm以下のマイクロビア加工用光源ほか、多くの深紫外光発生全固体レーザーに採用されている。このように、わが国から発信された新光学結晶CLBOは、半導体製造装置で不可欠の部品として世界標準の地位を既に確立している。
以上の理由により、佐々木氏、森氏、吉村氏の三氏を第14回山崎貞一賞材料分野の受賞者とする
研究開発の背景
非線形光学結晶によって赤外レーザー光の波長変換を複数回行うと、集光性・加工性に優れた深紫外光が得られる。半導体露光に用いられる同じ深紫外領域のエキシマレーザーに比べてより集光性に優れ、高速走査が可能となることから、計測・加工分野で様々な応用が期待されていた。90年代前半には海外を中心にホウ酸系の非線形光学結晶が開発されていたが、短波長の深紫外領域の変換特性とその結晶品質が十分でなく、実用化が進んでいなかった。
業績内容
受賞者らは当時検討されていなかった混晶の概念をホウ酸系酸化物に導入して材料探索に取り組み、1993年に既存のLiB3O5(LBO)とCsB3O5(CBO)を混ぜると晶系が異なる新たな物質CsLiB6O10(CLBO)が合成できることを発見した(日米欧で特許が成立)。平衡状態図により単結晶成長条件を明らかにした後、微結晶から成長を繰り返して次第に結晶を大型化し、1995年に図1の超大型結晶の作製に成功した。さらに、世界で初めて屈折率の波長分散、非線形光学定数を測定し、Nd:YAGレーザーの4倍波(266nm)、5倍波(213nm)の発生を理論予測し、様々な波長変換を実証した。波長300nm以下の深紫外光発生に関しては、既存結晶を凌駕する優れた変換特性を有することが明らかになった。

図1 世界最大のCLBO結晶 14×11×11 cm3 (a×c×a軸)
一方、CLBOは潮解性が原因で光学素子にクラック(割れ)が生じる他、屈折率が変化するなどの問題が生じ、工業製品化は困難と思われた。受賞者らはこの課題解決に粘り強く取り組み、表面にできる水和物が結晶に歪を与えてクラックを生じさせること、加熱して使用することで紫外光が安定して発生できることを突き止めた。さらに、クラック発生等が結晶品質の影響を受けていることが分かり、特殊なプロペラを挿入して高粘性の育成溶液中に強制対流を発生させる機構を開発した。また、吸湿性、潮解性を逆に利用して、水溶液中で素原料を化学反応・合成させて高純度原料を作製する技術を確立した。これらの原料合成・育成法を用いて作製することで結晶品質が向上し、2002年に世界最高出力の42Wの266nm光発生に成功した。また、乾燥熱処理によって素子から不純物の水分子を徹底的に除去すると、紫外光誘起熱位相不整合(低変換効率)、紫外光誘起屈折率変化耐性(素子寿命)が大きく改善するという効果を発見した。この技術を活用することで、世界最高出力の10Wの213nm光発生に成功した他、2007年前後に深刻な問題となっていた半導体検査用深紫外光源での出力経時低下(寿命)を解決に導いた。この成果により半導体製造工程での長期安定使用が可能となり、高密度LSI用フォトマスク検査装置の深紫外レーザー光源に搭載されて世界的な普及に繋がった(図2)。一方で、現行の結晶には光路状散乱(点欠陥)が多く含まれており、加工分野で必要な高出力光を発生させた場合には寿命が不十分となる課題が残っていた。受賞者らはこの点欠陥低減にも取り組み、2013年には紫外光素子寿命が従来結晶の約2倍以上となる低欠陥密度CLBOの開発にも成功した。

図2 CLBOを搭載したフォトマスク検査装置(NuFlare Technology社 NPI-7000)
本業績の意義
高密度LSI用フォトマスク検査では、ハーフピッチ45nm世代から最新の22,14nmプロセスに至るまで、CLBOを用いた深紫外レーザー光源の検査装置が世界的に普及しており、今日の電子機器の製品化に貢献している。また、シリコンウェハ上のナノ微粒子検査においても、CLBOにより発生した深紫外光をウェハに照射し、微弱散乱光を検出する方法が標準技術となっている。高効率微細実装が必要な最先端電子機器製造において、孔径10μmφの微細マイクロビア径の実現、プリント基板材料の主流となる難加工性のガラスエポキシ基板の加工には、材料の吸収特性の点で優れている4倍波(266nm)光源が求められている。また、Low-kウェハや3次元実装ダイシング、タッチスクリーン用透明導電酸化物(ITO)層の加工、サファイアやGaN、SiCなどの加工においても高出力266nm紫外光源の登場が切望されている。CLBOはこれら深紫外の加工用光源を実現できる唯一の非線形光学結晶として採用されており、世界中で光源・加工機の開発が進められている。