第24回(令和6年度)山崎貞一賞 材料分野
イプシロン酸化鉄磁石の開発と応用展開
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受賞者 | ||
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大越 慎一(おおこし しんいち) | |||
略歴 | |||
1995年 | 3月 | 東北大学 大学院理学研究科 化学専攻 博士課程修了 | |
1995年 | 4月 | 神奈川科学技術アカデミー 研究員 | |
1997年 | 9月 | 東京大学先端科学技術研究センター 助手 | |
2000年 | 4月 | 同 講師 | |
2003年 | 4月 | 同 助教授 | |
2004年 | 4月 | 東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 助教授 | |
2006年 | 4月 | 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授 | |
現在に至る |
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受賞者 | ||
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生井 飛鳥(なまい あすか) | |||
略歴 | |||
2011年 | 11月 | 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 博士課程中退 | |
2011年 | 11月 | 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 特任助教 | |
2012年 | 12月 | 同 助教 | |
2019年 | 8月 | 同 准教授 | |
現在に至る |
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受賞者 | ||
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吉清 まりえ(よしきよ まりえ) | |||
略歴 | |||
2015年 | 3月 | 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 博士課程中退 | |
2015年 | 4月 | 東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 特任助教 | |
2022年 | 3月 | 同 助教 | |
現在に至る |
授賞理由
大越氏らは新規な合成手法により、2004年に新しいフェライト磁石であるε-Fe2O3(イプシロン酸化鉄)単相のナノ粒子を世界で初めて合成することに成功し、熱的に安定な高保磁力磁性材料であることを示した。この材料は従来のハードフェライト磁石の保磁力の3倍を超える希土類に匹敵する保磁力を持つ。更に種々の金属(Rhなど)置換により保磁力の値を向上させ、2017年に室温で35kOe(キロエルステッド)まで更新した。磁気秩序を保ったまま微小化が可能であり、実験的に7.5nmまでダウンサイズ可能であることを実証し、世界最小のフェライト磁石であることを発見した。高い周波数のミリ波(30~300GHz)を吸収でき、金属置換によってその共鳴周波数を35–240GHzの間で制御できることを示した。デバイスメーカーのニーズに合わせたミリ波ノイズ対策部材など、多くの開発を産学連携により推進し、広い応用分野が期待できる。
大越氏らは、本技術を学術論文、国際会議、展示会にて精力的に公表することにより、その学術的、社会的貢献は顕著と考えられる。
以上の理由から、大越氏、生井氏、吉清氏を第24回山﨑貞一賞材料分野の受賞者とする。
研究開発の背景
鉄酸化物からなるフェライト磁石は、その起源を紀元前7世紀の磁鉄鉱(Fe3O4)の発見まで遡る長い歴史を持ち、安価で化学的安定性にも優れることから、人類はその恩恵を享受してきた。特に、我が国の研究者はOP磁石や六方晶フェライトをはじめとするフェライト研究に大きく貢献してきている。
大越らの研究グループは、2004年に化学的ナノ粒子合成法によりイプシロン酸化鉄(ε-Fe2O3)の単相を世界で初めて合成し、ε-Fe2O3が室温において25kOe(キロエルステッド)を超える巨大な保磁力を有する高保磁力磁性材料であることを世界に先駆けて発見した。このε-Fe2O3は800℃以上まで熱的に安定なフェライト磁石である。
業績内容
この発見を発端に、受賞者(大越、生井、吉清)らは研究を展開させてきた。ε-Fe2O3の鉄イオンを他の金属イオンで置換することで、現在では室温で35kOeまで保磁力の値を更新している。このような大きな保磁力により、ε-Fe2O3は磁気秩序を保ったまま10nm以下のシングルナノサイズまで微小化することが可能であり、7.5nmという世界最小のハードフェライト磁石であることを発見している。また、大越と生井らは、高周波の電磁波吸収の可能性に注目し、ε-Fe2O3が182GHzというこれまでには無い高い周波数のミリ波を吸収できることを発見すると共に、金属置換によってその共鳴周波数を35から240GHzまで制御することに成功している。一方、大越と吉清らは、ミリ波照射によりε-Fe2O3の磁化を1ps(ピコ秒)で制御し、さらに分割共振リングにより集光したミリ波を照射することで磁化反転の観測に成功している。ε-Fe2O3はその優れた磁気特性に加えて色彩が明るい橙色を有していることから、吉清らはバンド計算を行い、フェライトとしては最もバンドギャップが広い薄色の磁性体であることを発表している。この受賞者らの情報が貢献して、中国宋時代の天目茶碗など古代陶磁器の様々な色彩がε-Fe2O3類の構造色に起因することが最近明らかになったことで注目されており、ε-Fe2O3研究の第一人者である大越が中国の故宮博物館(紫禁城)に招聘され特別講演を行っている。
ε-Fe2O3がありふれた元素からなる単なる酸化鉄であるため、受賞者らは下記のような用途展開を進めてきた。(i)シングルナノサイズまで微小化できる磁性フェライトであるため高密度磁気記録媒体として期待されており(磁気記録業界ロードマップで将来材料として紹介されている)、現在、磁性粉メーカーで開発研究が行われている。また、(ii)ε-Fe2O3および金属置換体は、5GやBeyond 5G(6G, 7G)などの無線通信分野、車載レーダーなどのセンシング分野でのミリ波通信用ノイズ対策吸収体として期待されている。大越と生井らは、多くの民間企業と共同研究を実施し、その一部は最薄・最軽量な高性能ミリ波吸収体などとして市場で展開している。さらに、(iii)新しい磁気記録方式として集光型ミリ波アシスト磁気記録(F-MIMR: focused millimeter-wave assisted magnetic recording)を大越が提案し、吉清らおよび磁気テープメーカーと共に実証実験に成功している。加えて、(iv)塗料や顔料としての展開も期待され、民間企業との共同開発も進めている。
これらの受賞者らのε-Fe2O3に関する研究成果は、現時点で学術論文・解説等101編、出願特許225件(内110件登録)、新聞記事等50件に及んでいる。
本業績の意義
受賞者らが見出したε-Fe2O3は、ビッグデータおよびIoT時代に貢献する新素材として注目されており、英国BBC放送や英The Economist誌で紹介された他、英国立科学博物館(サイエンス・ミュージアム・ロンドン)にも特別展示されるなど、世界的に高い評価を受けている。地球環境を守りながら持続可能な技術が必要とされる現代において、ありふれた元素からなるイプシロン酸化鉄は未来を拓く磁石と言えるだろう。