第11回(平成23年度)山崎貞一賞 計測評価分野

磁区の実時間観察のためのスピン偏極低エネルギー電子顕微鏡の開発と応用

受賞者 受賞者
中西 彊 (なかにし つとむ)
略歴
1973年 3月 名古屋大学 理学研究科 博士課程 満了
同年 8月 名古屋大学 理学研究科 助手
1987年 12月 名古屋大学 理学研究科 助教授
1995年 4月 名古屋大学大学院 理学研究科 教授
2009年 3月 名古屋大学大学院 理学研究科 定年退職
同年 同月 名古屋大学大学院 理学研究科 名誉教授
現在に至る

受賞者 受賞者
竹田 美和 (たけだ よしかず)
略歴
1977年 3月 京都大学 工学研究科 博士課程 満了
同年 4月 京都大学 工学部 助手
1986年 4月 京都大学 工学部 講師
1990年 4月 京都大学 工学部 助教授
1991年 4月 名古屋大学 工学部 教授
2007年 4月 名古屋大学 シンクロトロン光研究センター センター長
現在に至る

受賞者 受賞者
越川 孝範 (こしかわ たかのり)
略歴
1974年 3月 大阪大学 工学研究科 博士課程 満了
1975年 4月 大阪電気通信大学 工学部 講師
1977年 4月 大阪電気通信大学 工学部 助教授
1984年 4月 同上 工学部 教授
2000年 4月 同上 工学研究科  科長(4年間)
2003年 4月 同上 エレクトロニクス基礎研究所 所長
現在に至る

授賞理由

 2007年A. FertとP. Grunbergが巨大磁気抵抗(GMR)効果の発見によりノーベル物理学賞に輝いたが、その理由はこの業績がまったく新しい「スピントロニクス」分野を開拓したからである。しかしながらこの分野における技術開発に必要な計測評価技術は十分に整備されていなかった。
 中西、竹田、越川の三氏は、薄膜磁性材料の開発にとって重要な磁区成長の詳細を知るための実時間観察を可能とするスピン偏極低エネルギー電子顕微鏡を開発することに成功した。
 専門分野を異にする三氏は緊密に連携して、まず高性能なスピン偏極電子銃を開発した。その性能は従来のものと比較して、輝度で10,000倍以上、スピン偏極度20%のものを90%に、さらにカソードの寿命については現状3〜4時間のものを約2ヶ月へと大幅に向上させたものである。その結果、固体表面上の磁区像取得時間を現状の1/200に相当する20ms/画面にまで短縮した。
 三氏は、上記装置を用いて[CoNi2]y多層膜成長過程における磁化特性の動的観察を行い、わずか4層で安定した磁気特性を示すことを明らかにしている。また、面内磁化特性を示している[CoNi2]/W(110)薄膜が、わずか一原子層のAuを蒸着するだけで垂直磁化状態に変化すること等の新しい知見を得て高い国際的評価を得ている。
 以上、中西、竹田、越川の三氏は、新しい磁気デバイスや磁気薄膜材料等の開発に必要な実時間観察を可能とする高性能スピン偏極低エネルギー電子顕微鏡を開発し、応用しているので、第11回山崎貞一賞計測評価分野の受賞者とする

研究開発の背景

 GaAs系半導体の価電子に円偏光を吸収させ伝導帯へ励起しスピン偏極電子を作る機構と負の電子親和性を持たせたNEA表面から真空中へ偏極電子を取り出す機構を組み合わせた電子源は優れた潜在能力を持つことが我々の研究で明らかになってきた。加速器物理研究者(中西ら)と半導体物性研究者(竹田ら)が協力し、半導体をバルクGaAsから歪み超格子薄膜にすると90%の高偏極度が、さらにNEA表面のband bending領域を狭める手法により10A/cm2を超える高電流密度が得られることが実証された。またNEA表面の劣化は10-10Pa台の極高真空環境により緩和され、数週間の継続使用が可能となった。 一方、低エネルギー電子顕微鏡(LEEM)は、金属表面形態の動的変化を、数μmから数10μmの視野径において10nmの分解能で、実時間観察できるというユニークな長所を持っており、国内では越川らがその研究に従事し普及にも努めてきた。

業績内容

 LEEMに偏極電子ビームを使うSPLEEM(スピン偏極低エネルギー電子顕微鏡)も1990年代後半に実用化され磁区構造が観測可能となったが、性能的には大きな欠点を残していた。無偏極のLaB6電子源に比して従来の偏極電子源はビーム輝度が1/1000以下なので1画像の取得に最短でも4秒必要で実時間観察が不可能であった。この克服を目指した開発研究は、7年前にJST(科学技術振興機構)の先端計測分析技術開発(要素技術)プロジェクトとしてスタートした。
 我々は高輝度20keV偏極電子銃を作るために2つの工夫をこらした。(1) 高輝度化のためにレーザースポットを最小化する手法として、電子放出表面からレーザー入射する従来型を廃し、カソード結晶の裏面からレーザーを入射し超格子構造上に収束させる方式を開発した。具体的には3mmφの平行レーザー光線を1/1000以下の1.3μmφのスポットに収束させた結果、輝度は従来型の10,000倍以上でLaB6電子源をも1桁上廻る2.0×107A/(cm2sr)となり、画期的な改善を成し遂げることが出来た。(2)その一方で偏極度は従来型の90%を維持するために新しいフォトカソードを開発した。まず従来型のGaAs基板を波長780nmのレーザー光を透過させ得るGaP基板に変え、その上にGaAsP緩和層とGaAs-GaAsP歪み超格子薄膜を形成したが偏極度は60%止まりであった。この問題はGaP基板と緩和層の間に0.5μmのGaAs層を挿入することにより解決し90%偏極度を達成することができた。
 この高輝度/高偏極度電子源を用いた新型電子銃をLEEM顕微鏡に搭載した写真を図1に示した。

図1 SPLEEM顕微鏡の全体構成図
図1 SPLEEM顕微鏡の全体構成図

 最初の実験においてW(110)基板上に蒸着するCo表面の磁区形成過程のSPLEEM画像を実時間観察したところ、1画像取得時間が従来の1/200の20ミリ秒にまで短縮され、50コマ/秒のビデオ撮影が可能となり当初の目標を達成した。
 この偏極電子ビームのスピン方向は任意の方向に制御出来るので試料の磁化の全方向成分を観察できる。この例として、スピン注入(STT)磁気メモリ候補に提案されている[CoNi2]y/W(110)薄膜の面内と面直の磁化成分を調べた結果、y=4層形成後は安定した面直成分が得られることを確認した。また、[CoNi2]/W(110)薄膜にAuを蒸着したときの面内と面直の磁化成分を調べた結果、図2のように1原子層のAu蒸着によって最初の面内磁化状態が面直磁化状態へと変化することを確認した。

図2
図2 [CoNi2]/W(110)薄膜へのAu蒸着過程の観察 上段は偏極電子ビームのスピンを面直に
下段は面内に向け、Auを0から1原子層まで蒸着させ て観測したSPLEEM画像

 今後は様々な試料での磁区構造形成を調べる予定であるが、これらの結果が次世代磁気メモリの開発に大きな寄与ができることを期待している。

本業績の意義

 加速器、半導体、電子顕微鏡と異なる3分野の研究者が協力して開発した高輝度/高偏極度・電子銃の威力はLEEMならびに表面関係分野ですでに国際的に認知され、発注希望も寄せられている。今後は企業による製品化が求められ、現在JSTの機器開発プロジェクトが推進中である。研究面では、実時間観察が可能になったSPLEEMを用いて、表面磁区構造の形成過程の詳細な解明が進み、新たな磁気記憶素子の開発に寄与することが期待される。またこの偏極電子銃は透過型電子顕微鏡や逆光電子分光などスピン物性計測手段としても今後有効性が確認され普及して行くことが期待されている。

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