第23回(令和5年度)山崎貞一賞 計測評価分野
超高速動的構造観測装置開発と光機能物質開拓への応用
受賞者 | ||
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腰原 伸也 (こしはら しんや) | ||
略歴 | ||
1985年 | 3月 | 東京大学 理学系研究科 修士課程 修了 |
1986年 | 9月 | 同大 博士課程 中退 |
1986年 | 10月 | 同大 物理学科 助手 |
1991年 | 9月 | 博士号(理学)取得(東大 理学部) |
1991年 | 9月 | 理化学研究所 フロンティア研究員 |
1993年 | 9月 | 東京工業大学 理学部 助教授 |
2000年 | 4月 | 東京工業大学 理工学研究科 教授 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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足立 伸一 (あだち しんいち) | ||
略歴 | ||
1989年 | 3月 | 京都大学 工学研究科 修士課程 修了 |
1992年 | 3月 | 同大 博士後期課程 修了 |
1992年 | 3月 | 博士号(工学)取得(京大 工学研究科) |
1992年 | 4月 | 日本学術振興会 特別研究員 |
1992年 | 10月 | 理化学研究所 研究員 |
2003年 | 8月 | 高エネルギー加速器研究機構 助教授 |
2010年 | 10月 | 高エネルギー加速器研究機構 教授 |
2021年 | 4月 | 高エネルギー加速器研究機構 理事 |
現在に至る |
受賞者 | ||
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羽田 真毅 (はだ まさき) | ||
略歴 | ||
2007年 | 3月 | 京都大学 工学研究科 修士課程 修了 |
2010年 | 11月 | 同大 博士課程 修了 |
2010年 | 11月 | 博士号(工学)取得(京大 工学研究科) |
2011年 | 3月 | ハンブルク大学 理学部 博士研究員 |
2013年 | 11月 | JSTさきがけ専任研究員 |
2015年 | 10月 | 岡山大学大学院 自然科学研究科 助教 |
2019年 | 1月 | 筑波大学 数理物質系 准教授 |
現在に至る |
授賞理由
腰原氏らは、光誘起による物質内の協同的相互作用を媒介として構造変化する光誘起相転移物質の概念提唱と物質探索を世界に先駆けて取り組み、その計測手段として様々なビーム源を活用した超高速動的構造観測手法・装置を開発するなど、独創的且つ国際的にも傑出した成果を挙げている。
レーザ光をポンプ光、放射光をプローブ光とする革新的な動的構造観測手法開発では、ヨーロッパ放射光施設(ESRF)でのプロトタイプ実証を経て、KEK-PFの専用ビームラインでの100ピコ秒動的構造観測装置の設置を実現した。同手法は、SPring-8、SACLAのビームラインや、各国の放射光施設でのビームラインでの類似装置の設置を先導するなど、動的構造測定技術の実用化・普及に際して極めて大きな波及効果を与えている。また更なる高速化に応える装置開発として、75フェムト秒の電子線パルス発生技術開発とその動的構造観測装置への展開にも成功している。これら動的構造観測装置を駆使して、光誘起特有の極短時間に出現する隠れた物質相(Hidden State)が幅広い物質に存在することを世界に先駆けて証明し、光誘起強誘電現象の発見や、光スイッチ材料の開発につなげるなど、科学技術の新分野開拓にも貢献している。
以上の理由から、腰原氏、足立氏、羽田氏を第23回山﨑貞一賞計測評価分野の受賞者とする。
研究開発の背景
共同受賞者3名(腰原、足立、羽田)の中で、腰原は、物質内の協同的相互作用が媒介となって、極めて多数の電子や分子が協力的に構造を変化させながら、微弱な光励起に超高速で応答する、という従来の発想を覆す光応答物質デザインの新概念(光誘起相転移:図1参照)に基づく物質探索を世界に先駆け提唱し、合成化学、半導体、超高速レーザー分光、加速器等幅広い分野の専門家と協力して実施してきた。この光誘起相転移物質は、超高速、高密度、高効率な光情報処理デバイス材料、光化学、光電エネルギー変換物質、光生命機能物質などを実現するために不可欠なものとして、現在世界的に成果が競われる分野に成長している。
この光誘起相転移現象物質開発の鍵となるのは、光励起による結晶構造の動的変化の観測である。これは相転移の研究そのものが、静的結晶構造観測技術の発展とともに飛躍したことからもお分かりいただけよう。このことを、世界に先駆けて約35年前に認識した腰原は、まず放射光とフェムト秒パルスレーザーを組み合わせた専用測定装置を、動作原理を含めその初期段階から分子科学研究所放射光部門と共同で開発し、この分野の研究に先鞭をつけた。これが3名の共同研究の出発点となった。

図1 従来型光応答材料と光誘起相転移の違い。
業績内容
腰原は2003年に国家プロジェクトの支援(ERATO)を、加速器を用いたX線構造科学の専門家である足立と共同で獲得した。このプロジェクトにおいて、腰原の培ったレーザーや同期に関する知見を、アンジュレーター、X線分光系などのビームライン設計と組み合わせて具体的にデザインしたのが足立である。この装置は、テーブルトップサイズの最新のフェムト秒パルス幅を持つパルスレーザー光源を、周長377mに及ぶ巨大な加速器施設(放射光施設)に同期して運転し、かつその同期の揺らぎを1ピコ秒以内にまで抑えるという、開発当時(2003年)において画期的性能の達成を目指す極めて挑戦的なものであった。
さらに、同期運転する放射光を取り出すための各種大型装置(アンジュレーターや分光器)のデザイン、設置、調整、運用などのシステム構築を、物質科学への適用という目的をよく踏まえたうえで行うことが必要不可欠であった。まさに、腰原と足立の共同研究は、この放射光源加速器とテーブルトップサイズレーザーを円滑に連携する技術を達成し、動的構造観測装置の信頼性の高さを実証するものとなった。
腰原と足立は、世界で初めて実現されたピコ秒時間分解動的構造観測専用装置(図2)を駆使して、基底状態では現れない、光励起状態においてのみ極短時間出現する新しい構造秩序(隠れた秩序状態:Hidden State)を世界に先駆けて発見した。これによって光加熱効果に邪魔されない光スイッチ材料の開発という新機軸を切り拓くこととなった。

図2 腰原と足立が、世界に先駆けて建設した動的構造解析専用装置(ビームラインNW14a)のシステム概要図。
加えて、開発した動的構造解析装置を、足立が中心となってX線吸収、散漫散乱等、他技術にも拡張し、固体光応答材料の結晶のみならず、生命機能分子や溶液中の光-化学エネルギー変換(光触媒)材料にも幅広く適用して、その動作メカニズムを世界に先駆けて明らかにするなど、動的構造観測装置・解析技術の一般的有用性・実用性を示し、物理、化学、生命科学分野の幅広い研究者に普及させた。
この研究過程で、コンパクトでフェムト秒時間分解能を持った動的構造解析装置の必要性を痛感した腰原は、フェムト秒レーザーを用いて発生させたサブピコ秒電子線パルスを用いた動的構造解析装置開発にも2013年より着手した。この装置の一連の開発にあたって、固体材料向けに発展させるための装置全般設計、パルス圧縮のための超小型加速器技術の組み合わせ利用など、必要不可欠な貢献を行ったのが、パルス電子線の若手専門家である羽田である。マルチフェロイック等固体先端材料のコヒーレント振動(フォノン等)の動的挙動観測のために、パルス幅が100フェムト秒(以下fs)以内の独自新装置開発の必要性をかねてより腰原は痛感していた。このためには、電子線のRF電磁波による圧縮技術が必要不可欠であり、その為にはパルス幅35fsのレーザーと圧縮用RF波との20fs程度の精度での同期という新技術開発が必須課題であった。そこで腰原と羽田は共同でRF基準振動源方式という新しい同期方式を開発し、パルス幅75fsの電子線パルス発生とその動的構造観測への適用を達成した(図3)。

図3 腰原と羽田が構築した電子線装置の概念図。
羽田は、この装置を活かして新しい光励起特有の隠れた秩序相(Hidden State)を活用した室温動作可能なフェムト秒超高速光相スイッチ物質の開拓にも腰原と共同で成功している。これらのパルス電子線装置利用は、羽田によって液晶材料をはじめ、スピントロ二クス材料、さらにはトポロジカル絶縁体(近年量子物質とも呼ばれている)の光スイッチ機能などにも拡張され、動的構造解析の実用化に基づく光応答物質開発が世界で競われるきっかけとなっている。
本業績の意義
腰原、足立、羽田による動的構造観測装置での研究が発表されるまでは、光誘起相転移過程でナノ(10⁻⁹)秒、ピコ(10⁻¹²)秒、さらにはフェムト(10⁻¹⁵)秒といった極短時間の間のみ存在する非平衡状態に関する研究は、もっぱら分光学的手法に頼らざるを得なかった。このため、そのミクロな発現機構に関しては、理論モデル計算の結果と、吸収、ラマンスペクトルの比較検討から推定する以外に方法がないのが実情であった。3名の研究は、この観測手法の原理的限界点を突破したものである。得られた成果は、光メモリー(光ディスク)や液晶配向制御プロセス(コマンドサーフェース)等大きく異なる分野に、他の研究者によって応用展開され、既にいくつかの物質は実用化に供されている。さらに光誘起相転移に伴う構造変化の実用化研究も、光メカニカル効果などの名称で種々登場するに至っている。また動的構造観測技術も、生命機能性巨大分子(酵素や各種反応中心)の機能動作中の構造解析、光触媒の高効率化に向けた中間状態の解析など多方面での利用が現在開始されている。今後その場観測技術や動的X線吸収分光技術も組み合わせての、燃料電池動作解析など利用分野の展開のさらなる加速が期待される。