第25回(令和7年度)山崎貞一賞 計測評価分野
X線位相イメージングの開発と応用
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受賞者 | ||
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| 百生 敦(ももせ あつし) | |||
| 略歴 | |||
| 1987年 | 3月 | 東京大学 大学院工学系研究科 修士課程修了 | |
| 1987年 | 4月 | 株式会社日立製作所 基礎研究所 | |
| 1995年 | 12月 | 博士(工学)/ 東京大学 | |
| 1999年 | 11月 | 東京大学 大学院工学系研究科 助教授 | |
| 2012年 | 4月 | 東北大学 多元物質科学研究所 教授 | |
| 現在に至る | |||
授賞理由
百生敦氏は、X線の弱吸収物体における位相コントラストに着目し、「X線位相イメージング」を創始した。デジタル画像計測手法により、吸収コントラストの影響下でX線位相シフトを定量計測する技術を確立し、X線画像の革新的高感度化を実現した。またTalbot干渉計を援用したX線光学系により、放射光施設を必要としない「X線位相イメージング」を考案し、国内外の知財を獲得した。更にX線CT手法と融合することで、屈折率の三次元分布を可視化する世界初のX線位相CT を考案・実現した。
「X線位相イメージング」の工業用非破壊検査への応用では、X線位相スキャナ装置やX線位相CT装置の形で、国内外の企業との共同研究を遂行した。既に複数企業とのライセンス契約により、X線位相CT装置などが製品化されている。更に医用画像診断への応用では、医用機器メーカーとの共同研究により、「X線位相イメージング」の軟骨描出能を活用する早期関節リウマチ診断装置として病院設置型の装置を開発した。臨床研究を複数大学病院で実施し線量等の課題克服の研究開発を進めており、更なる展開が期待できる。
以上の理由から、百生敦氏を第25回山﨑貞一賞計測評価分野の受賞者とする。
研究開発の背景
健康・安全・安心への関心が高まる現代社会において、医用画像、荷物保安検査、あるいは製品の欠陥や異物を調べる非破壊検査に至るまで、外部から見えない物体内部を高精細に観察できるX線透視撮影は、欠くことのできない有用な技術であり続けている。しかし、従来のX線画像では十分な観察が行えない対象も少なくなく、より高度なX線撮像技術の出現も切に望まれる。例えば、広く利用されているX線透視画像は吸収コントラストに頼っているが、生体軟組織や高分子材料など、X線を強く吸収しない軽元素からなる物体に対する感度不足は、原理的な欠点として長く甘受されてきた。本業績は、この難題を克服するために、長年の研究・開発により達成されたものである。
業績内容
放射線としてのX線は、物体中を直線的に透過すると考えられる。ただし、X線は光の一種であるので波の性質を有する。物体を透過する際にはその強度が減衰するのと同時に波の位相がシフトする。その結果、僅かながら(1/10,000度程度)であるが、屈折によってX線は曲げられる。X線は厳密には直進していない。
軽元素物質とX線との相互作用において、位相シフトの相互作用断面積が吸収の相互作用断面積に比べて約千倍大きいという事実がある。すなわち、位相シフトで画像コントラストを生成すれば、生体軟組織や高分子材料であっても撮影することが可能となる。ただし、X線の位相シフト(あるいは屈折)を画像計測することは技術的に容易ではなく、受賞者が研究に着手した1990年台初期においてX線位相コントラストの研究はほとんど行われていなかった。
受賞者は、Si結晶製のX線干渉計とシンクロトロン放射光を用いて研究をスタートし、X線位相コントラスト生成のためのX線光学系と、デジタル画像計測に基づくX線位相シフトの定量画像計測技術を基盤とした「X線位相イメージング」を創始した。また、これをX線断層撮影法(X線CT)と融合させ、屈折率の三次元分布を可視化するX線位相CTを考案・実現した。がん組織が無造影で三次元描出できるなどの成果は、当時のX線CTの常識を覆すインパクトを与えた。この成果論文が掲載されたNature Medicine誌では、“The Future of X rays”として表紙にも取り上げられた。
しかし、この時点では巨大なシンクロトロン放射光施設を使う技術であったので、使用場所と測定機会の制限に問題があり、実用化にはさらなるブレークスルーが必要であった。粘り強く取り組んだ受賞者は、当時あまり知られていなかったが、可視光領域で報告されていたTalbot干渉計に着目し、X線との優れた相性を洞察した。結晶は必要とせず、微細加工技術でX線格子を開発すれば、実験室X線源と組み合わせた位相イメージング装置の開発が見込めると考えたからである。
まず、X線を通す場所とブロックする場所を交互に、かつ、数ミクロンサイズで構成するX線格子が必要であった。そのためには、X線は透過力が高いゆえに、高アスペクト比構造の形成が課題となる。加えて、撮影できる視野ができるだけ広くなるよう、大面積で製作したい。受賞者は、X線リソグラフィと狭所金メッキでこの難題を解決できると考え、専門家であった故・服部正教授(兵庫県立大)の協力を仰ぎ、X線領域における初のTalbot干渉計開発を達成した。その後直ちに、マイクロフォーカスX線源を用いた実験室位相イメージングを世界に先立って実証した。
この成果は、医用機器メーカーの関心を引き寄せ、X線位相イメージングの軟骨描出能を活用する早期関節リウマチ診断装置の開発プロジェクトにつながった。大学病院に開発した装置を設置し、リウマチ患者を対象とした有効性実証のための臨床研究が進められた。
工業用の非破壊検査分野においては、マイクロCT装置が多くのメーカーから上市されている。数ミクロン(最先端機器ではサブミクロン)の空間分解能で物体内部を三次元的に可視化できるため、光学顕微鏡や電子顕微鏡では対応が難しい対象をカバーしている。受賞者は、この分野に対しても位相CT技術の導入を推進し、一部製品化が行われた。
また、非破壊検査の別の形態として、保安検査や工業生産現場で、ベルトコンベア上を移動する物体に対するインライン検査がある。これに展開するためには撮影の高速化が必要となる。通常の位相イメージングでは、格子を並進して複数の画像を計測し、所定の演算を通して結果画像を取得する。そのため、その間は被写体が静止していることを前提としている。すなわち、移動している被写体とは相容れない。受賞者はこの課題にも取り組み、動画像を処理する位相イメージングアルゴリズムを考案し、その装置化を実現させた。
これら以外にも、X線顕微鏡と位相CTとの融合や、時間分解能を加えた四次元位相CTの研究、さらには、中性子ラジオグラフィへの適用(中性子位相イメージング)を進めるなど、位相イメージングの多岐にわたる展開を推進している。

図1 X線位相イメージングの撮影例、開発したX線光学素子、および撮影装置。
百生研究室ホームページより。
本業績の意義
約130年前のX線の発見以来、影絵方式で変わらなかったX線撮影(レントゲン撮影)を鑑みれば、X線位相イメージング、および、それに基づくX線位相CTの発明・開発は、まさにパラダイムシフトと呼べる成果であると言えよう。地上波テレビ番組では、「スーパーレントゲン」として紹介された。多くの高度なX線技術がシンクロトロン放射光を用いて研究されている。X線位相イメージングもそうであったが、病院や工場などの現場で利用すべく、放射光施設を飛び出し、産業界との共同開発による装置化に至ったことは特筆に値する。もちろん、装置性能の向上や適用対象の拡大のための努力は現在も続けられている。さらなる感度向上による線量の低減、撮影視野の拡大、あるいは、ロボティクスや情報科学との協奏などに関して受賞者は展望している。今後のさらなる発展が期待される。

