第2回(平成14年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野
新規生体画像化プローブの開発とその実用化
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 長野 哲雄 (ながの てつお) | ||
| 略歴 | ||
| 1977年 | 3月 | 東京大学大学院 薬学系研究科 博士課程 修了 |
| 1977年 | 6月 | 東京大学 薬学部 教務職員 |
| 1997年 | 4月 | 東京大学大学院 薬学系研究科 分子薬学専攻 教授 |
| 現在に至る | ||
選考理由
バイオサイエンスでは組織・細胞の観察は第一級の重要性をもっている。従来、これは組織・細胞を化学薬品で固定後、切片を作成し、染色を施し観察していた。生きた細胞や組織レベルでの観察は一部の例を除いて望むべくもなかった。
しかし、現在状況は一変している。例えば、共焦点レーザー顕微鏡の登場は、細胞を生きたままの状態で立体像として把握することを可能とした。従って、遺伝子工学を利用して、例えば緑色蛍光を発する蛋白質(GFP)を目的とする蛋白質につないだ融合蛋白質の遺伝子を構築し、これを生きた細胞内で発現させ、分子の動態像を観察することが可能になっている(一分子画像解析)。また、特殊な蛍光分子プローブを用いることにより、細胞内構造体(ミトコンドリア、核、ゴルジ装置、粒子体、小胞体、生体膜など)や無機イオン類、酵素反応、シグナル伝達等の活性状態に在る分子動態を生細胞レベルで観察することが可能になってきた。生命機能解析の新しい局面が拓かれつつあるわけである。
長野氏はこの分子プローブの技術開発で大きな業績を挙げ、国際的に高い評価を得ている。現在迄に一酸化窒素、亜鉛イオン、一重項酸素、活性酸素種、加水分解酵素のcaspaseといった、細胞反応時に超微量で生起する重要なシグナル分子を高感度で検出する特異的蛍光プローブの開発に次々と成功し、いずれも実用化されている。上記の分子は、いずれも細胞のシグナル伝達や活動において中心的役割を果しており、生きた細胞内でのその動態が、これらのプローブを用いて世界中で活発に研究されている。一酸化窒素の蛍光プローブDAFはその中でも最も注目され、世界の多くの研究者によって用いられて、ライフサイエンスの様々な分野に大きな波及効果を与えており、その意義は非常に大きい。開発から、汎用性、実用性、市販化までを考慮したこの"生細胞プローブ"の創製とその開発力を評価し、山崎貞一賞選考理由とする。
研究の背景
- �)楔Φ罎鮃圓Δ忙蠅辰深�囲状況及び発想の要点
2000年6月にヒトゲノムシークエンスのラフドラフトが発表されて以来、ポストゲノム研究として細胞ネットワーク解析が重要視されている。従来、細胞あるいは生体組織をホモゲナイズする事により酵素、受容体あるいは生理活性分子を単離し、その活性を調べ、その結果に基づいて生理機能と作用機構を推測してきたが、これからの生命科学はこの還元主義的研究から更に一歩駒を進め、細胞、生体組織あるいは生体そのものを丸ごと解析し、生体分子の相互の関連を"生きた状態"で理解する細胞ネットワーク解析研究に移行していくと考えられる。このような研究では、時々刻々変化する生体分子の濃度あるいは活性を時間と場所を決めて特異的に高感度で捉える技術が不可欠となる。
この様な背景の下、受賞者は数年程前からこの"生きた状態"における生体分子のネットワークを解析する事を目的に生体分子を画像化するプローブの開発に取り組んできた。このプローブを用いる事により、重要な生理機能を担っている生理活性種・酵素・受容体を、作用しているその場所において時間変化に対応して捉えることができるようになり、複雑な生体システムの理解に格段の進歩をもたらし、今までとは質的に異なる科学上の進展が見られることは疑いないと思われる。 - ��同種分野に関する研究開発の他者の状況
現在、蛍光の新たな原理に基づいて新規の合成小分子プローブ類を開発し、それらを用いて"生きた状態"で生体分子を画像化する研究は、Ca2+に対する蛍光プローブ以外、日本のみならず世界においても行われておらず受賞者の研究のように成果を実用化しているグループはない。
業績内容
受賞者の研究の特徴は、蛍光発光のON/OFF機構についての原理を解明し、これに基づいて生体画像化プローブを分子設計した点にある。更に、プローブは自らの手で有機合成し、それらの蛍光特性を精査し、大脳切片などの生体組織や血管内皮細胞などの生細胞での生体分子をダイナミックに画像化できるようにプローブを改良した。蛍光発光をコントロールする原理としてはPhoto-induced Electron Transfer (PET)メカニズムとフォレスター半径に基づいたFluorescence Resonance Energy Transfer (FRET)メカニズムがある。その結果現在までに下記の10種の画像化プローブの開発に成功した。
| ■ 一酸化窒素(NO)プローブ | ■ 活性酸素プローブ |
| ■ Zn2+プローブ | ■ Mg2+プローブ |
| ■ 一重項酸素(1O2)プローブ | ■ caspaseプローブ |
| ■ OHラジカルプローブ | ■ phosphodiesteraseプローブ |
| ■ protein tyrosine phosphataseプローブ | ■ OCl−プローブ |
本業績の意義
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開発プローブのうち、一酸化窒素(NO)プローブ(DAF, DAR)に関しては5種類、Zn2+プローブ(ZnAF)に関しては2種類を既に世界各国で市販している。一酸化窒素(NO)プローブを用いて行われた研究報告は、昨年一年間だけで100報を越え、その有用性が示された。 - ��学術性、実用性を含め今後の発展について
本研究は原理に基づいてプローブを論理的に分子設計したもので、この原理の正しさも証明された。分析化学全般に与える影響も非常に大きく、学術的意義は特筆すべきものがあると言えるであろう。今後、この原理に基づいて行えば、測定すべき生体分子に対応して普遍的に、かつ合理的に画像化プローブが設計できることになる。受賞者の研究は実用に供することを第1の目標に掲げており、実用化して初めて「研究に成功した」と判断される。この点からプローブの実用性については最重要課題として取り組み、今後の発展も期待できる。
