第15回(平成27年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野
全身透明化技術による1細胞解像度での全身解析の実現
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 上田 泰己(うえだ ひろき) | ||
| 略歴 | ||
| 2000年 | 3月 | 東京大学医学部医学科 卒業 |
| 2003年 | 4月 | 特殊法人理化学研究所 チームリーダー |
| 2004年 | 3月 | 東京大学大学院医学系研究科 博士後期課程修了 |
| 2009年 | 4月 | 独立行政法人理化学研究所 プロジェクトリーダー |
| 2011年 | 4月 | 独立行政法人理化学研究所 グループディレクター |
| 2013年 | 10月 | 東京大学医学系研究科 教授 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
「細胞」から「個体」へと階層を登ってゆく生命現象研究法として、全身・全臓器を1細胞解像度で解析する方法の開発に貢献した。分子生物学の発展により細胞内システムの解析は広く研究対象とされているが、主な対象は分離された細胞の解析であり、臓器・個体内の細胞の位置情報と機能情報を保持した状態で細胞を網羅的に解析することは困難であった。この困難を解決する為に、組織を薬物処理によって透明化する方法が長年試みられてきたが、上田氏は、光の散乱を抑制する従来法を改善して透明度を上げると共に、生体臓器に豊富に含まれているヘモグロビン中のヘムを溶出して光の吸収を抑制し、成獣マウスの各臓器および個体全体をまるごと透明化することに成功した。今後、悪性腫瘍の転移・播種の進展様式の全身可視化、免疫細胞の遊走の追跡など、個体レベルでの細胞動態や少数細胞が重要な意味を持つ生命現象・病理現象の解明に向けて有力な技術となる道を拓いた点で、山��貞一賞の授与にふさわしいと判断された。
以上の理由により、上田氏を第15回山��貞一賞バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野の受賞者とする。
研究開発の背景
受賞者は、これまで一貫して、システム科学的アプローチの開発と生命基本原理の解明の実現に向けた研究を行ってきた。2000年前後の大規模なゲノム配列決定を契機に分子から細胞への階層における生命科学・基礎医学研究が変革したが、ゲノムに基づくシステム科学的アプローチは分子から細胞への階層の生命現象の理解に有効であるものの細胞から個体への階層の生命現象への応用は難しい。細胞から個体の階層におけるシステム科学的アプローチを実現するためには、細胞の階層における基幹技術の確立が必要不可欠である。
これまで臓器を数100-数1000枚の連続切片とし、コンピューター上で位置や角度を調整して重ね合わせ、3次元画像を再構成する方法が開発されてきたが、かなりの時間、労力、コストが必要となる。一方で、例えばマウスを数時間ごとにサンプリングし、全脳の神経活動の24時間リズムを1細胞解像度で観察するような実験では、マウス全脳数10個を短期間で再現よく観察できる技術が必要である。そこで受賞者らは、成体組織を丸ごと透明化し、シート照明顕微鏡を用いて1細胞解像度で観察できる技術の開発に取り組んだ。
組織が不透明な理由は①光の散乱と②光の吸収により光が直進せず光量が減少することに起因する(図1)。光の散乱は、生体組織に屈折率の異なる様々な物質(水、脂質、タンパク質等)が存在するためにおこる。組織透明化法は100年以上の開発の歴史を持つが、主にこの光の散乱に着目し、各物質の屈折率差を最小化し最終的にタンパク質の3次元的分布を可視化する方法として開発されてきた。しかし、安全・簡便で再現性が高く、タンパク質に優しく、パフォーマンス(透明度)に優れた方法は、存在しなかった。また、組織透明化にとってもうひとつ重要な光の吸収を抑えるためには、生体組織に存在する色素(とりわけ赤血球に含まれるヘム)の除去が必要不可欠である。これまで灌流により赤血球を取り除く他、過酸化水素等によりヘム等の色素を化学的に破壊する方法が古典的に開発されてきた。しかし、毛細血管などの細い血管内の赤血球を十分に取り除くことが困難であり、また色素だけでなくタンパク質も破壊してしまう等の問題があった。
図1 組織透明化の原理
業績内容
受賞者らは、透明化手法の開発のため、脳そのものを用いた独自のスクリーニング系を新たに構築した。一つの脳を用いて一つの化合物を試す通常の方法を劇的に改善し、脳をすりつぶした後でPFA固定した脳ペーストを用いてスクリーニングする方法を新たに開発した。この結果、多くの化合物が条件を試すことができるようになり、その中で一群のアミノアルコールが組織をより高度に透明化することを発見し、これを加えた透明化試薬を完成させた。
受賞者らが完成させたCUBIC試薬は、光の散乱抑制を目指したこれまでの透明化方法とは全く異なり、全くの偶然によって見出されたアミノアルコールのヘム除去作用(図2)により光の吸収抑制を化学的にマイルドな条件で実現する世界初の透明化試薬となった(Tainaka et al., Cell, 2014)。

図2 アミノアルコールの持つ脱色作用
また、光の散乱抑制という観点においても、先行研究の持つ様々な問題点を解決することに成功し、結果的に霊長類の脳をも透明化するパフォーマンスが高い技術を提供することになった(Susaki et al., Cell, 2014)。具体的には、有機溶媒(疎水性溶媒系)を用いた既存の透明化方法は、有毒な物質が生じるため、安全性に問題があり、有機溶媒を用いるためタンパク質の変性が避けられない等の問題が生じている。ゲルで組織を固めて電気泳動(ゲル・電気泳動系)を行う既存の透明化方法手法は、デバイスが必要なため並列化・大規模化が困難であった。一方で既存の水溶性(親水性溶媒系)を用いた方法は、安全でタンパク質にやさしく、並列化が可能だが、有機溶媒系に比べてパフォーマンスが悪いという難点があった。CUBIC試薬はアミノアルコールの脂質除去作用によりこれを改善し光散乱問題の全ての難点を解決した世界初の透明化方法になった。
本業績の意義
CUBIC法は、光の吸収と散乱の問題を同時に解決することで、生物学的な応用範囲を革新的に広げることに成功した。具体的には、光の吸収により透明化が困難な血液を豊富に含む組織を、アミノアルコールによる色素除去作用で透明化することで、マウス成体全身の透明化を世界で初めて実現することになった(Tainaka et al., Cell, 2014)。また、パフォーマンス・安全性・簡便性・再現性の高さを生かすことで、霊長類の全脳透明化を世界で初めて実現することになった(Susaki et al., Cell, 2014)。
受賞者らは、CUBIC法の持つパフォーマンス・安全性・簡便性・再現性の高さをさらに生かすために、複数のサンプルを定量的に比較可能な計算科学的な手法の開発に取り組み、取得したイメージングデータを標準臓器画像に対してレジストレーションすることで、同一領域の細胞活動変化を直接比較する計算科学的な手法の開発に成功した。この結果受賞者らの開発した全身や各種臓器の全細胞解析を可能とするCUBIC法は、細胞と個体の階層においてシステム科学的なアプローチを実現する新手法を提供し新境地を切り拓いた。医科学の各分野に対して今後の貢献が大いに期待される。

図3 マウス全身の透明化(左:成獣、右:幼獣)
