第17回(平成29年度)山崎貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野
蛍光プローブの論理的精密開発と生物・医学領域での実用化
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 浦野 泰照(うらの やすてる) | ||
| 略歴 | ||
| 1995年 | 3月 | 東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、 博士(薬学) |
| 1995年 | 4月 | 日本学術振興会特別研究員(PD) |
| 1997年 | 5月 | 東京大学大学院薬学系研究科 助手 |
| 2005年 | 10月 | 東京大学大学院薬学系研究科 准教授 |
| 2010年 | 1月 | 東京大学大学院医学系研究科 教授(現兼務) |
| 2013年 | 10月 | 東京大学医学系研究科 教授 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
浦野博士は、現在の生物・医学領域における最重要技術の一つであるライブイメージングにおいて、分子内スピロ環化という独創的着想と精密な分子設計原理に基づく新たな蛍光プローブ分子を開発してきた。これを用い、世界に先駆けて生細胞内骨格構造形成のダイナミクスを超解像イメージングで実証するなど他の追随を許さない革新的な成果を挙げている。
既に、博士が開発した数十種類の蛍光プローブが国内外で市販され、世界の生物・医学研究に大きく貢献している事も特筆すべき成果である。さらに博士は、化学は実学であるという信念の元に、臨床の現場で使える蛍光プローブの開発をも手がけ、最近、微小がん部位を術中可視化出来る画期的なスプレープローブ技術の開発に成功し、実用化への道筋をつけている。以上の様に、浦野博士は基礎から応用に至るまで独創的な視点から数多くの蛍光プローブを開発し、かつその実用化までをも先導していると言う点で山��貞一賞受賞者にふさわしいとの結論に至った。
以上の理由により、浦野氏を第17回山��貞一賞バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野の受賞者とする。
研究開発の背景
蛍光イメージング技法は、生きている状態の細胞や動物体内で起こる事象や応答を観測する技法として、現代の生物学研究に必要不可欠な技術となっている。 この観測の実現には、観測対象分子や細胞応答を可視化する「蛍光プローブ」と呼ばれる光機能性分子の開発が必須であり、蛍光ライブイメージングの成否は、蛍光プローブの機能に大きく依存する。蛍光プローブは、蛍光タンパク質をベースとするものと、有機小分子をベースとするものに大別されるが、受賞者は特に後者の開発研究をこれまで一貫して行ってきた。有機小分子蛍光プローブの開発には、蛍光団の蛍光特性を如何に精密に制御するかが鍵となるが、蛍光発光は励起状態が関与する現象であるため、その正確な予測・制御は難しく、多彩なプローブの開発は困難であった。
業績内容
受賞者はこれまで一貫して、独自の光化学・有機化学的発想に基づく、蛍光団特性の精密制御に関する研究を行ってきた。その結果、光誘起電子移動と分子内spiro環化を動作原理とする論理的な制御原理を世界に先駈けて確立し、世界初のライブイメージングや細胞機能制御を実現する光機能性分子を多数開発することに成功してきた。具体的には、光誘起電子移動に基づく、フルオレセイン、ローダミンなどの可視光励起蛍光団の光学特性の精密制御法を世界で初めて確立し、TokyoGreen骨格など新規蛍光団に基づく数多くの実用的な蛍光プローブの開発に成功した(図1左上、左下)。さらにMichael付加反応と蛍光団の特徴的な分子構造を巧みに活用し、分子内spiro環化制御に基づく全く新たな分子設計法の確立に世界で初めて成功し、後述するがんイメージングプローブを始めとする数多くの蛍光プローブの開発に成功した(図1右上)。これ以外にも、分子内共鳴エネルギー移動(FRET)を活用したタグ化蛍光プローブ(図1右下)など、50種類を超える新規蛍光プローブの開発に成功してきた。いずれの蛍光プローブも全く新たなイメージングを実現する極めて実用性の高いものであり、実際30種類以上のプローブ製品が既に市販化され、世界中の生物系研究者がこれらを活用して多くの成果を出している。

図1 蛍光プローブの論理的精密設計・開発
受賞者はさらに、2014年のノーベル化学賞が与えられた超解像イメージング技術に特化したプローブの開発にも成功した(図2)。独自の分子内spiro環化制御法を活用することで、従来の超解像イメージングプローブとは一線を画する、生細胞内で自発的に明滅を繰り返す世界初のプローブの論理的開発に成功した。本プローブの開発により、チューブリンの重合と脱重合を通常の共焦点画像(図2下中)に比べて圧倒的に高解像度でライブ観察出来る(図2下右)など、従来法では達成できないライブ超解像イメージングが数多く可能となったため、本プローブは他に全く例のないfirst-in-classのプローブ開発として、国内外から大きく賞賛された。

図2 自発的に明滅する超解像プローブの開発
さらに受賞者は、「蛍光イメージング化学は、国民の健康を支える医療技術としてさらに大きな貢献ができる」との信念から、化学と医学の接点を追求する研究を近年活発に行い、革新的な成果を数多く挙げた。
その代表例が、蛍光プローブの精密設計による微小がんのライブ蛍光可視化の実現であり、生きている動物個体や患者体内に存在する微小がん部位を、その場で迅速に蛍光検出することで、精確な外科・内視
鏡治療を実現する技術である。すなわち受賞者は、独自の分子設計技術を駆使して、がん部位が持つ特徴的な酵素活性を可視化する全く新たな蛍光プローブの開発に成功し(図3上)、本プローブを腹腔播種がんモデルマウス体内に注射する
ことで、1mm以下の微小がんであってもこれを目視で十分に見える明るさで蛍光検出することに成功した(図3中左)。
さらに、内視鏡下でがんが疑われる部位に本プローブを噴霧すると、1分程度の迅速さで微小がんを検出可能であることも明らかとなり、世界初の画期的な医療技術の開発に成功した(図3中右)。
さらに受賞者は、本スプレー型プローブを真に新たな医療技術として昇華させるべく、国内外20以上の病院との臨床蛍光イメージングネットワークを形成し、実際のがん患者由来の新鮮臨床検体を活用した試験を行った。その結果、いくつかのがん種では極めて有効に機能することが明らかとなるなど(図3下)、化学に
基づく新規医療技術の実効的創製が達成された。

図3 新規蛍光プローブの開発による術中迅速がんイメージングの実現
本業績の意義
受賞者が開発した蛍光プローブによるライブイメージング技法は、基礎生物学者から臨床医師までの誰もが待ち望む画期的な技術である。特に後半で紹介した微小がんの術中迅速可視化技術については、その有効性が多方面から認められ、実際東京大学UTEC、UMIなど多くのベンチャーキャピタルからの出資を得て、術中臨床診断薬として上市を目指した臨床開発がスタートしている。近い将来、多くの患者の命を救う画期的な実臨床技術として実用化されること が強く期待される。
