第21回(令和3年度)山崎貞一賞 バイオ・医科学分野
高機能化学発光タンパク質の開発と応用展開
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 永井 健治(ながい たけはる) | ||
| 略歴 | ||
| 1992年 | 3月 | 筑波大学生物学類 卒業 |
| 1998年 | 3月 | 東京大学大学院医学研究科 修了 |
| 1998年 | 4月 | 理化学研究所 基礎科学特別研究員 |
| 2001年 | 12月 | JST さきがけ研究員 |
| 2005年 | 1月 | 北海道大学電子科学研究所 教授 |
| 2012年 | 3月 | 大阪大学産業科学研究所 教授 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
永井氏は種々の蛍光タンパク質群を開発後、蛍光検出の弱点を補うべく、励起光不要の化学発光タンパク質の開発に取り組んだ。発光酵素(ルシフェラーゼ)から蛍光タンパク質へのエネルギー移動を用い、発光強度が数10倍の画期的な種々の化学発光タンパク質を開発した。これらを用いて、1分子化学発光イメージング、1細胞レベルの5色イメージングを世界に先駆けて実現し、企業と協力して発光イメージング装置を実用化した。また、機能性タンパク質と組み合わせた化学発光センサー(膜電位、ビリルビンなど)を開発し、スマホを用いた簡易迅速オンサイト検出法も開発した。さらに、植物に発光タンパク質と基質生産遺伝子を組み込み、自発光する植物を創生し、発光アート事業の創生、環境問題への取り組みを進めている。
海外からの招聘講演は170回以上に及び、米国の研究機関にadvisory boardとして招聘されるなど、世界を先導する研究者である。化学発光研究は発展性が高く、露国や米国では政府の助成も大きい。日本では投資が少ない中で、優位性を堅持しており、注目に値する。
以上の理由により、永井氏を、第21回山��貞一賞バイオ・医科学分野の受賞者とする。
研究開発の背景
2008年にノーベル化学賞の受賞対象となった蛍光タンパク質技術は、生体分子が生きた細胞の中でどのように振舞うかをリアルタイムにイメージングすることを可能にし、生命科学に革命をもたらした。今や成熟した技術として、生命科学的基礎研究のみならず、医学・創薬研究においても大いに利用されている。極めて強力かつ汎用的な方法ではあるものの、課題が無い訳ではない。蛍光イメージングはその原理上、励起光照射が不可欠であり、それによって生じる光毒性や、細胞に内在する光感受性分子の非特異的活性化による生理機能の攪乱が避けられない。さらに、光照射によって生理機能を操作する光遺伝学(オプトジェネティクス)と蛍光イメージング技術を併用する場合、蛍光励起のための照射光が光遺伝学ツールを誤活性化してしまう問題も存在する。受賞者はこれらの諸課題を解決するために、外部からの光照射を必要としない生物発光に着目した。生物発光は、ルシフェラーゼと呼ばれる発光酵素の触媒反応により化学エネルギーを用いて発光物質ルシフェリンが発する化学発光現象である。励起光の照射を必要としないため背景光が皆無であり、従って高いシグナルノイズ比での観察を可能とする。しかし、蛍光に比べてシグナル強度が極めて弱いために、リアルタイムイメージングへの応用は進んでいなかった。
業績内容
そこで受賞者は、この問題を解決するために、発光酵素に蛍光タンパク質を融合させ、発光酵素のホロタンパク質が持つ励起状態のエネルギーを共鳴エネルギー移動(BRET)によって無輻射的に蛍光タンパク質に移動させることにより発光量を飛躍的に増加させる事を考案した。発光酵素のホロタンパク質よりも蛍光タンパク質の発光量子効率が高い場合、発光反応の過程で熱として放出されるエネルギーを光に変換することができるため発光量が増加する。
受賞者は発光酵素と蛍光タンパク質をBRET効率が最大になるように両者間のアミノ酸リンカーの長さや相対角度を最適化し、既存の発光酵素に比べて10倍以上発光量が増大した化学発光タンパク質Nano-lanternを開発することに成功した(図1)。

図1 Nano-lanternの構造模式図と発光スペクトル
加えてNano-lanternに基づくカルシウムイオンや環状アデノシン1リン酸、アデノシン3リン酸(ATP)に対する各指示薬も開発した。これにより自由行動下にあるマウス個体内のがん組織をリアルタイムに検出すること(図2)や、自家蛍光が強いため蛍光観察では不可能であった葉緑体内の光合成に依存したATP産生の可視化などに世界に先駆けて成功し、蛍光イメージングの適用が困難な試料のイメージングに道を拓いた。

図2 動き回るマウス体内のがんイメージング
その後、ano-lanternをさらに高光度化・多波長化した増強型Nano-lanternも開発し(図3)、1細胞レベルの5色マルチカラーイメージングやビデオレート化学発光イメージング、1分子化学発光イメージングも成功させた。さらに、世界初の化学発光膜電位指示薬LOTUS-Vを開発し、従来法で実現できなかったワイヤレスなライブ脳活動計測により、自由行動中の複数マウスの脳活動計測を可能にし、一次視覚野の神経活動が個体接触に応じて優位に上昇することを発見した。

図3 増強型Nano-lanternの波長変異体
これら様々な化学発光タンパク質を利用したバイオメージングを誰でも手軽に行えるようにすることを目的として、産学連携によりオールインワン発光イメージングシステムを開発し、市場にリリースした。
バイオイメージング用途以外にも、肝臓の機能が障害されると血液中に増加する間接ビリルビンを定量計測できる化学発光試薬BABIや、脳梗塞や心筋梗塞、肺塞栓などの血栓症の発症に関わる過剰なトロンビン活性を定量計測できる化学発光試薬Thrombastorなども開発した。BABIはビリルビンの結合によりその発光色が青色から緑色に変わり、その信号変化量は6,700%にも及ぶ。これにより、数マイクロリットルの血液を前処理なくBABIと反応させ、スマートフォンに内在するカメラで撮影するだけで、血液中のビリルビン濃度が定量測定可能となった。
本業績の意義
本業績の意義は、生命科学研究用途に留まらず多方面へ展開されている点にある。例えば、体外検査技術につながる可能性がある各種化学発光試薬は、スマートフォンがあれば計測が可能なため、特別な機器を購入する必要が無く導入コストも抑えられる。誰でも知りたい時に手軽に計測できる実用的な検査法であり、スマートフォンの普及率の高さから在宅医療やポイントオブケア検査の実現が期待される。受賞者は検査対象標的をウイルス感染症などにも拡大し、研究開発を進めている。
その他、Nano-lanternの遺伝子を導入し、発光する各種植物の開発も進んでいる(図4)。

図4 Nano-lantern遺伝子が導入された各種発光植物
将来的には夜の都市空間やインテリアを優しく照らすことを目標に、実用的な明るさで発光する植物の開発が進められている。特に、自発光街路樹は発光に一切の電力を必要としないため、実用化されれば電力節減につながり、深刻になりつつあるエネルギー問題に対し解決の糸口が見出される可能性がある。
