第18回(平成30年度)山崎貞一賞 材料分野
新規リチウムイオン伝導体の創成と全固体電池の開発
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 菅野 了次(かんの りょうじ) | ||
| 略歴 | ||
| 1978年 | 3月 | 大阪大学理学部化学科 卒業 |
| 1980年 | 3月 | 大阪大学理学研究科博士前期課程 修了 |
| 1980年 | 4月 | 三重大学工学部資源化学科 助手 |
| 1989年 | 10月 | 神戸大学理学部化学科 助教授 |
| 2001年 | 4月 | 東京工業大学大学院総合理工学研究科 教授 |
| 2018年 | 3月 | 東京工業大学科学技術創成研究院 教授 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
これまで使われてきたリチウムイオン電池はプラス、マイナスの電極を電解液に浸している構成である。これは電解液に較べてイオンを通しやすい固体電解質が無かったためである。
菅野了次氏は長年にわたり固体電解質の開発研究を続け2011年リチウム超イオン伝導体Li10GeP2S12(LGPS)が現在実用化されている有機電解液を上まわる伝導率を示す(イオンを通しやすい)ことを発見した。これは半世紀にもなる固体電解質研究のブレイクスルーのみならず、蓄電池関連産業界に強烈なインパクトを与えた。さらに同氏は2016年にLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3がLGPSを上まわる特性をもつことを発見した。これを用いて全固体電池を企業と共同で開発し、既存のリチウムイオン電池より高いエネルギー密度を有し、大きな電流で放電する特性を得た。更にそのメカニズムを明らかにした。現在全固体電池は次世代の安全な蓄電デバイスの最有力候補であることから工業材料としての展開が国際的規模ではかられている。
従って、近い将来全固体電池による社会的貢献が期待できる。
以上の理由により、菅野氏を第18回山��貞一賞材料分野の受賞者とする。
研究開発の背景
電気自動車やロボット、ドローンなどの電源として来たるべき電動化社会のニーズに応えることのでき、リチウムイオン電池の性能を超える新たな蓄電池の出現が待ち望まれている。研究開発が進んでいる様々な次世代蓄電デバイスのなかで、電池そのものを固体にする試み、いわゆる全固体電池の開発は古くから行われてきたが、社会の要求を満足する性能を長らく満たすことはなかった。
全固体電池の電解質には、固体、いわゆる超イオン伝導体を利用する。なかでもリチウム超イオン伝導体の探索は、電解質として危険をはらむ可燃性有機溶媒を用いながらも広く利用されている蓄電池の安全性を格段に向上させるという極めて具体的な目標の達成のために特に重要視されてきた。1960年代から多くの候補物質が見出されたが、いずれも固体物質のイオン伝導率は液体のそれにはるかに及ばず、デバイス化の研究は自ずとごく限られたものに留まっていた。

図1 リチウムイオン電池から全固体電池への展開
業績内容
受賞者は、イオンが高速で拡散する固体物質−超イオン伝導体−の新規開拓に長らく携わり、2011年に、固体でありながら液体を上回るイオン伝導率をもつ革命的リチウム超イオン伝導体、Li10GeP2S12 (LGPSと表記)とその関連物質を創成した。さらに、この新物質を電解質として用いた全固体電池が、デバイス化の初期段階ですでに、高エネルギー密度を誇るリチウムイオン電池と高出力特性を誇るキャパシタのいずれをも大きく超える蓄電・放電特性をもつことを実証した。この超イオン伝導性新規イオニクス材料の発見は、液体にはとても勝てないというこれまでの常識を覆すものであり、固体電解質研究のブレークスルーのみならず、蓄電池の関連産業にインパクトを与えた。高いイオン伝導性をもつ新物質発見を目指してきた受賞者の30年以上にわたる基礎研究の終着点と言うべき大きな成果であるとともに、蓄電池に全く新しい可能性を拓くことを物語っている。図2にイオン伝導率の温度依存性を示す。LGPSが電解液のイオン伝導率を凌駕する性能を持つことを示す。このような固体電解質が出現するなど予想されなかった事態であり、この無機物質のイオン伝導体の発見以来、物質の探索研究が無機材料のみならず、ポリマー、液体などで再度始まるなど、材料科学のあらゆる分野に影響を与えた。さらに、一連の化合物の構造解析をおこない、構造中をリチウムイオンが連続的に分布して高イオン伝導状態に特有の構造を取ることを明らかにした。

図2 2011年に報告したLGPSのイオン伝導率の 温度依存性(赤)。
液体電解質(緑)のイオン伝導率も合わせて示す。
新材料を用いた全固体電池の特性は、リチウムイオン電池の特性を遙かに凌駕するものであった。図3に様々な蓄電デバイスの実力を測るためのいわゆる「ラゴン」プロットの一例を示す。この図3はデバイスの出力密度とエネルギー密度に対して、各デバイスがどのよう な特性を持つかを示している。たとえば、キャパシタは高出力、リチウム空気電池は高エネルギー密度を示し、リチウムイオン電池は双方に特徴がある。受賞者らが開発した全固体電池は、出力特性がリチウムイオン電池のそれを越え、キャパシタの領域にも達することがわかる。古来、蓄電池を固体にすることの利点は、発火爆発の危険が無く、信頼性が高いということが主張されてきたが、その特徴に加えて高出力、高充電速度が固体電池の本質的な利点であることを実証した。 これは、これまでイオン伝導率の低い有機電解液を用いてきたリチウムイオン電池の本質的な欠点を打ち破るものであり、現在の蓄電池そのものの形態を変える可能性がある。

図3 蓄電デバイスの実力(ラゴンプロット)(Nature Energy, 2016より) 全固体電池が
既存のリチウムイオン電池より出力特性、エネルギー密度に優れることを示す。
本業績の意義
上記のように、開発した物質を用いて作成した全固体電池は、既存のリチウムイオン電池より高いエネルギー密度をもち、加えてキャパシタより大きな電流で放電する特性を示した。さらに、この優れた特性が当該固体電解質の保証するリチウムイオンの超高速拡散から生まれていることを明らかにした。次世代蓄電デバイスの最有力候補の誕生である。この成果は、発表直後に国内の主要一般紙で報道され、海外でも20以上の報道機関が報じた。その後も、商業紙や経済誌、さらには一般紙の科学面や経済面での報道が相次いでいる。全固体蓄電デバイスの開発競争は世界中に広がりつつある。既存のリチウムイオン電池が、電気自動車や系統連携、ロボット、ドローンなどの電源として来たるべき電動化社会のニーズに耐える実力があるかどうかが疑問視される中、そのデバイス
の特性を遙かに凌駕する性能が期待できる全固体電池の実現を確かにする成果である。全固体電池の開発を目的とした国を挙げてのプロジェクトが立ち上がるとともに、国内外の企業で実用化に向けた激しい開発競争が始まった。
固体電池が実用化されるには、固体電池が全く新たな技術体系であるため、液系電池であるリチウムイオン電池の製造プロセスとは異なる様々な技術開発が必要である。電池各部材作成のためのプロセス技術の開発から電池製作技術開発が行われている。受賞者の新物質発見と、それに続く固体電池の本質的な特性の解明の研究が、実用電池の開発の引き金を引いたことは間違いない。
