第17回(平成29年度)山崎貞一賞 計測評価分野
味覚センサの研究開発
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 都甲 潔(とこう きよし) | ||
| 略歴 | ||
| 1975年 | 3月 | 九州大学工学部電子工学科 卒業 |
| 1980年 | 3月 | 九州大学大学院 工学研究科電子工学専攻博士課程 修了 |
| 1980年 | 4月 | 九州大学工学部電子工学科 助手 |
| 1990年 | 7月 | 九州大学工学部電子工学科 助教授 |
| 1997年 | 4月 | 九州大学大学院システム情報科学研究科 教授 |
| 2013年 | 11月 | 九州大学味覚・嗅覚センサ研究開発センター センター長 |
| 現在に至る | ||
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 池崎 秀和(いけざき ひでかず) | ||
| 略歴 | ||
| 1986年 | 3月 | 早稲田大学理工学研究科 電気工学専攻修士課程 修了 |
| 1986年 | 4月 | アンリツ株式会社 入社 |
| 2002年 | 1月 | 株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー を設立 同社代表取締役 専務 |
| 2005年 | 3月 | 株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー 代表取締役 社長 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
都甲潔氏は人工の脂質⁄高分子膜の膜電位差を甘味、塩味、酸味、苦味、うま味など、ヒトの味覚の基軸に対応する味質に選択的に応答するセンサ群を構築し、膜の電位差として味を数値化するセンシング手法を世界最初に実現した。
池崎氏と協力して基軸センサと信号処理を実行する味認識システムを実用化し、味を認識し、表示する装置を、国の内外に約400台を販売した。実際にヒトが感じる味は基軸となる味の複合である。複合の味を数値でなく、直観的にわかるように伝達するために基軸にかかわるレーダチャート、あるいは特徴を表す2本の基軸を選び、それが作る平面上の点の位置として表示する。従来、食品産業では、ヒトの感覚に依存したため、製造工程や品質の管理上不安定な要素が残ったが、味認識システムを導入することで、品質の変動を除去することができた。また、消費者の嗜好の時代や世代による変
化、地域による変化に合わせて新しい味を設計し、嗜好に合った商品を開発することも可能になった。受賞者は世界最初に計測手法を確立した上に、装置として社会に広め、食品関係の品質管理や製品特性の客観化に大きく貢献した。
以上の理由により、都甲氏、池崎氏の二氏を第17 回山��貞一賞計測評価分野の受賞者とする。
研究開発の背景
九州大学の助手を務めていた都甲は、今回の受賞対象である「味覚センサ」の研究開発を1985年に開始した。この研究は、1980年頃から研究していた生体を模倣した人工脂質膜を、味覚センサの受容部に応用したものであった。その当時、味覚センサ(または味センサ)は未開発の状況であった。塩味を測るには電気伝導度計、甘味を測るには屈折率計、酸味を測るにはpH計が用いられていたものの、以下の点で「味」を測っているとは言えなかった。苦味を呈するカルシウムも電気伝導度に寄与するため電気伝導度計では塩味を正確に測れないし、糖類以外の分子量の
大きな物質も屈折率を変えるため屈折率計では甘味は測れない、また例えば日本酒ではpHと酸味が直接には関係のないことも知られていた。もちろん測定対象がいつも同じカテゴリーである場合には、これらの手法も有効ではあるものの、一般の食品に適用するには無理がある。私たちが日頃食するもの、つまり食品、は本来何が入っているか分からないものであるからである。
さらに、味物質ならびに基本味(塩味、甘味、酸味、苦味、うま味)の間には互いに影響し合うという相互作用・効果も知られていた。例えば、苦い食品に甘い砂糖を入れると、甘味ももちろん増すが、苦味が減る。抑制効果である。うま味物質グルタミン酸ナトリウムに、肉類に起因するうま味物質イノシン酸を加えると、うま味が飛躍的に増加するという相乗効果がある。これらの相互作用は、それまでの手法では到底再現できなかった。加えて、ガスクロマトグラフィーのような分析機器を用い、食品に含まれる化学物質を定量したからといって、それから味は分からない。食品に数百種類も含まれる化学物質の味への寄与が不明だし、上記相互作用があるからである。
このような状況にあって、食品業界や医薬品業界では、味の評価は多少とも主観的かつ曖昧とならざるを得ない官能検査(味わい試験)に頼っており、味を客観的かつ定量的に評価する科学技術の登場が待ち望まれていた。都甲は、1989年に味覚センサのプロトタイプの試作に成功した。受容部に脂質と可塑剤、高分子をブレンドし成膜した、特性の異なる8種類の脂質⁄高分子膜を用い、味物質のこれらの膜へ及ぼす電位出力の変化から総合的に味を判定するという本手法は、五基本味について官能検査とも良い相関を示し、かつ味の相互作用も検出可能なものであった。
「味を測るマルチチャネル味覚センサ」がこの世に産声を上げたのである。
業績内容
ところで、1986年から都甲は広く学術的な連携という形でアンリツ株式会社と共同研究を行っていた。そういった中で、1988年にアンリツの池崎との本格的共
同研究が始まった。1989年に上記味覚センサをアンリツと一緒に特許出願し、1990年に国際誌に論文として発表した。
この後ずっと都甲と池崎の二人三脚が続く。2002年に池崎は味覚センサの開発・製造・販売に特化した株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー (略称、インセント)を設立した。また、2004年に札幌の総合商研株式会社の出資で株式会社味香り戦略研究所も設立された。この会社は味覚センサを用いて味覚データベースを提供することを業務としている。
特許出願後、都甲は応答メカニズムの解明、甘味センサの開発(1989年の特許出願時は甘味の計測については満足のいくものではなかった)、ポータブル味覚センサの開発といった比較的基礎の部分を研究し、池崎は装置を開発・販売し(SA401、SA402、SA402B、TS-5000Z)、ユーザーの反応を見て改良を繰り返すという現場での研究開発を行ってきた。九州大学で開発した甘味用のセンサがインセントに技術移転され実用化されたり、現場での味覚センサの課題が直ちに九州大学での研究テーマとして設定されたり、といった基礎・応用・実用化の強力な連携体制が両者の間に敷かれた。またJSTの支援により、インセントは各味質に応答する受容膜の開発に成功した。これもまた見事な産学官連携の好例である。
以上、都甲と池崎は「味を測る」という計測手法を世界で初めて提案し、装置として世界に広め、食品・
医薬品業界に革新的発展をもたらした。
本業績の意義
現在、味覚センサは400を超える会社、公設機関、大学等で利活用されている。味覚センサを用い、食品の味をテイストマップ(味の地図)や基本味から構成されるレーダーチャート等で示すことができる。味覚センサは、舌で感じる味を「目で見る世界」に持ち込むことに成功したのである。世界で初めての「味の物差し」の登場である。この日本での味覚センサ(taste sensor)の発明・開発を受けて、欧米ではelectronic
tonguesが研究開発されている。
このグローバル化したIoT時代にあって味覚センサの意義はますます増加している。目的の味を、AIを活用して造り上げ、時間と空間を超えて伝送する。食のグローバル展開では、味覚センサにより予め各地域の食の特徴を把握しておく。味データを登録したスマホやタブレットを使った好みの味の探索、安定した品質の食の製造、苦くない医薬品の製造、甘くてカロリーを抑えた食品や塩辛さを保った減塩食品の製造など、今や味覚センサはあらゆる局面で使われようとしている。少子高齢化を多くの国が迎えようとする昨今、味覚センサの利用価値はますます高まるであろう。

現在市販されている味覚センサと電極(味認識装置TS-5000Z:インセント製)
