第18回(平成30年度)山崎貞一賞 半導体及び半導体装置分野
高感度InSb・InAs薄膜ホール素子の開発と応用展開
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 柴�� 一郎(しばさき いちろう) | ||
| 略歴 | ||
| 1971年 | 3月 | 東京教育大学大学院 理学研究科物理学専攻博士課程 修了 |
| 1971年 | 4月 | 東京教育大学理学部物理教室 教務補佐 |
| 1974年 | 1月 | 旭化成工業(現在の旭化成)株式会社 入社 |
| 2003年 | 10月 | 旭化成株式会社 グループフェロー |
| 2006年 | 9月 | 旭化成グループフェロー退任し顧問 |
| 2008年 | 9月 | 旭化成株式会社 退職 |
| 2009年 | 4月 | 豊橋技術科学大学特命教授 (2016年3月退任) 公益財団法人野口研究所 学術顧問 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
1970年代、半導体磁気センサは小型、高感度、高温特性が得られず実用の範囲は狭かった。柴��氏は、ホール効果特性の良いInSbやInAs等Ⅲ-V族化合物半導体の薄膜に着目し、電子輸送の研究、多結晶薄膜、単結晶薄膜、量子井戸等の作製方法の開発、さらに量産技術の確立まで手掛け、世界に先駆けて超小型、超高感度薄膜ホール素子、即ち、
InSb薄膜ホール素子、InAs単結晶薄膜ホール素子さらにInAs量子井戸ホール素子を開発、実用化した。
最初に開発された高感度InSb薄膜ホール素子は、当時のInSbホール素子と比較し、20-30倍の高い磁界感度を有し、センサ信号の温度依存性は従来比一桁小さく、また小型樹脂パッケージにより高い信頼性を備えた磁気センサであった。
このため回転検出センサとして、家庭用VTR、PCのCPU 冷却FAN、HDD、CD-ROM等の駆動ホールモータに広く応用
された。 続いて開発されたInAs単結晶薄膜ホール素子やInAs量子井戸ホール素子も加えて、応用分野は広がり、エアコ
ンなどのモータ応用、電力分野の計測やインバータ制御等に必須の非接触電流センサ、また電気自動車を含む自動車用センサとしても多数使われている。累積生産は 300億個を超え、今なお応用は広がっている。
以上の理由により、柴��氏を第18回山��貞一賞半導体及び半導体装置分野の受賞者とする。
研究開発の背景
1970年代後半、日本の電気メーカは、家庭用VTR、PC等の開発に注力しており、システムの機械駆動用に、超小型で、ノイズ発生の無い、角速度を精密に電子制御できる超小型DCブラシレスモータ、別名ホールモータの開発が必要となった。しかし、当時のホール素子は、手作りの磁界計測用プローブであり、磁界感度も低く、量産は不可で、ホールモータには使えなかった。また、半導体研究では、SiのLSIやGaAs等のデバイスが注力され、ホール素子研究は殆どなかった。
一方、1970年代中葉、オイルショックを経て事業構造の変換を迫られた日本の化学会社は、異分野、異事業への進出を試みた時代であり、旭化成工業(株)も、異分野への進出を目指し、ホール素子の研究を手掛けた。
業績内容
1974年、旭化成工業(現在の旭化成)株式会社に入社し、ホール素子研究を担当した柴��は、物理学が専門であったが、InSbやInAs等の狭ギャップⅢ-V族合物半導体の高い電子移動度とホール素子の将来性に着目し、研究に注力した。研究開始当時は、工業技術として疑問視されていた真空蒸着や分子線エピタキシー(MBE)技術の研究開発で工夫を重ね、困難もあったが、InSbやInAsの多結晶薄膜、単結晶薄膜、量子井戸等の工業的量産技術を世界に先駆け確立した。また、薄膜の磁界下の電子輸送特性を独自の視点で研究、ホール素子製作に応用し、高感度InSb薄膜ホール素子やInAs単結晶薄膜ホール素子、InAs量子井戸ホール素子等の超小型で、樹脂パッケージの高感度磁気センサを開発、実用化した。
最初の高感度InSb薄膜ホール素子開発では、InとSbの5桁の蒸気圧差を制御し、高いホール効果を発現するInSb薄膜を製作する独自の真空蒸着法を確立し、更に、0.8µm厚さのInSb薄膜をフェライトでサンドイッチして磁界検出の高感度化を行う磁界増幅構造を実用化した。開発したホール素子は、当時のInSbホール素子に比較して、20~30倍の高い磁界の検出感度、世界で初めての350Ωの高入力抵抗のInSb薄膜ホール素子であった。この素子は、1Vの定電圧駆動が可能で、磁界検出信号であるホール電圧の温度依存性が、従来比で、一桁低減し、極めて実用性の高い超小型磁気センサであった。図1は、高感度InSb薄膜ホール素子の写真で、本素子特有の高感度化構造を有するベアチップ(a)と市販の製品である。

図1 高感度InSb薄膜ホール素子写真、
(a)パッケージ前のホール素子、(b)市販製品
このホール素子は、開発後、直ちに、角速度を精密に電子制御する超小型ホールモータの開発に供され、ホールモータが量産され、家庭用VTRやPCのモータとして大量に使われ、VTRやPC等の開発と普及、発展に大きな貢献をした。また、モータ技術では電子制御化という新規分野を拓いた。図2の写真は、このホール素子を3個使うPC用CD-ROM駆動のホールモータである。

図2 高感度InSb薄膜ホール素子(赤矢印)を3個使うCD-ROM駆動ホールモータ
次に、柴��は、真空蒸着の経験と独自の工夫で、大型量産用分子線エピタキシー(MBE)装置を製作し、2インチ径のGaAs基板12枚に、InAs単結晶や量子井戸を製作出来るMBE技術を開発した。
図3 (a)12枚のGaAs基板上に成長した厚さ0.5µmの単結晶薄膜と
(b)GaAs単結晶基板上に製作したInAs単結晶薄膜ホール素子
この技術により、最初に、SiドープInAs 単結晶薄膜ホール素子が実用化された。
次いで、InAsは絶縁基板が無かったので、InAsと格子整合するAlGaAsSb絶縁層をポテンシャル障壁として、GaAs基板上に、下記の積層構成、GaAs(10nm)⁄AlGaAsSb(50nm)⁄InAs(50nm:ホール素子層)⁄AlGaAsSb(500nm)⁄GaAs基板
(0.2mm)の量子井戸を製作し、世界初の50nm厚さのホール素子部を有するInAs量子井戸ホール素子を実用化した。その特性であるが、動作層が極めて薄いことから、磁界増幅構造のInSb薄膜ホール素子に匹敵する高感度、更に、井戸の深さが1eV以上あり、動作層が高電子密度であっても、高入力抵抗のホール素子が製作出来、その上、ホール電圧と抵抗の温度依存性が極めて小さく、低消費電力等の特徴を有する。これらMBE法によるInAs系のホール素子は、信頼性も高く、-40℃程度の低温から100℃を超える温度範囲で安定駆動できる特性から、各種の非接触センサ、更に、非接触電流センサ用磁気センサとして、InSb薄膜ホール素子では難しい応用を中心に広く使われている。図4は、InAs量子井戸ホール素子とSiのリニア増幅回路が1パッケージ化されたリニアハイブリッドホールICを使う電流センサである。パワーモータ用のインバータ等に使われる。

図4 InAs量子井戸ホール素子を使う電流センサ
薄膜ホール素子応用で最大のホールモータは、角速度可変制御による省電力モータである。パワーモータにも使われ、エアコンや各種家電機器駆動モータなどの省電力化にも貢献している。そして、ホール素子を磁気センサに使う非接触電流センサがインバータ駆動や電力分野の電力、電流計測では、必須である。薄膜のホール素子は、非接触スイッチ、電気自動車を含む自動車用センサにも多数使われている。推定市場シェア70%、開発以来の累積生産は300億個を超え、今なお応用は広がる。
本業績の意義
常識や流行にとらわれず、InSbやInAs等の薄膜や量子井戸構造を工業的技術として確立し、時の産業が必要とした高感度InSb・InAs薄膜ホール素子を開発実用化したことである。
20世紀の最後の20年に始まり、21世紀、電気・電子、情報産業、更に言えば、人類社会が必要とした角速度を自由、かつ精密に可変制御できる理想の動力、ホールモータを自由に使える電子制御モータ時代、磁気を利用する非接触センサが自由に使える時代を招来し、電子・情報産業の発展への多大の貢献をした。また、研究開発で得られた学術的な成果は論文として発表し、当該学術分野の発展にも大きく貢献した。
