第22回(令和4年度)山崎貞一賞 半導体及びシステム・情報・エレクトロニクス分野
動的再構成プロセッサの研究開発と事業化及びAI分野への展開
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 本村 真人 (もとむら まさと) | ||
| 略歴 | ||
| 1987年 | 3月 | 京都大学大学院 理学研究科 物理学修士 修了 |
| 1987年 | 4月 | 日本電気株式会社(NEC) 入社 |
| 1991年 | 8月 | MIT Lab. for Computer Science 客員研究員 |
| 1996年 | 7月 | 京都大学 博士(工学) 取得 |
| 2009年 | 10月 | NECシステムIPコア研究所 研究部長 |
| 2011年 | 4月 | 北海道大学大学院 情報科学研究科 教授 |
| 2019年 | 4月 | 東京工業大学 科学技術創成研究院 AIコンピューティング研究ユニット 教授 |
| 現在に至る | ||
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 戸井 崇雄 (とい たかお) | ||
| 略歴 | ||
| 1995年 | 3月 | 慶應義塾大学 理工学研究科 修士 修了 |
| 1995年 | 4月 | 日本電気株式会社(NEC) 入社 |
| 2005年 | 9月 | Princeton University 客員研究員 |
| 2010年 | 4月 | ルネサスエレクトロニクス株式会社 (事業統合により法人名変更) |
| 2011年 | 9月 | 慶應義塾大学 博士(工学) 取得 |
| 2015年 | 1月 | ルネサスエレクトロニクス株式会社 課長 |
| 現在に至る | ||
| 受賞者 | ||
|---|---|---|
| 藤井 太郎 (ふじい たろう) | ||
| 略歴 | ||
| 1997年 | 3月 | 東京工業大学大学院 情報理工学研究科 修士 修了 |
| 1997年 | 4月 | 日本電気株式会社(NEC) 入社 |
| 2002年 | 11月 | NECエレクトロニクス株式会社 (NEC より分離独立) |
| 2010年 | 4月 | ルネサスエレクトロニクス株式会社 (事業統合により法人名変更) |
| 2018年 | 1月 | ルネサスエレクトロニクス株式会社 担当課長 |
| 現在に至る | ||
授賞理由
システムLSIの性能・機能は微細化プロセスの進展と高集積化で向上してきたが、ノイマン型のプロセッサでは、電力性能効率の点で大きな課題を有している。
本村氏、戸井氏、藤井氏は処理手順をハードウェアに展開し、並列実行するという構造型情報処理を研究・開発し、回路構造をプログラムするという独創的な非ノイマン型のアーキテクチャを提案し、ハードの高速性とソフトの柔軟性を両立する動的再構成プロセッサ(DRP)として実現した。DRPは電力性能効率に加えて汎用性も極めて高いプロセッサであり、すでに特定用途向け集積回路であるASIC及びマイコンに搭載され多くの製品が出荷されている。
なかでも、本技術がAI分野の中心的技術である深層ニューラルネット(DNN)処理に適していることを提唱し、各種DNN推論チップにおいて実証した。さらに実用上重要なDNN画像処理等に対応させるため、DRPと積和演算器を組み合わせたDRP-AIを開発した。DRP-AIは今後、組み込み機器向けAIチップのコアとして期待され、社会的インパクトは大きい。
以上の理由により、本村氏、戸井氏、藤井氏を第22回山��貞一賞半導体及びシステム・情報・エレクトロニクス分野の受賞者とする。
研究開発の背景
1990年代、シリコンチップ上の回路集積度が年々向上するとともに、従来個別のLSI(Large Scale Integrated Circuits)として存在していた複数のチップを一つにまとめるシステムLSI化が急速に進展していた。しかし、1)ムーアの法則に基づくプロセス微細化と集積度向上によりLSI発費が急上昇を続けていたこと、2)固定機能のハードウェアを集積する限り、集積化が進むほど柔軟性を失いそのLSIの用途を狭めてしまうこと、の2つの問題が並行して生じつつあった。すなわち、微細化とシステム集積化が進むにつれ、「多く売らないと事業として成立しない」一方で、「用途やマーケットが狭まって多く売れない」という「システムLSIのジレンマ」が生じていた。一方、この問題の解決のために、ソフトウェアで機能の大部分を実現して柔軟性を担保しようとすると、多くの場合、性能・電力の面で機器に要求されるスペックの実現は難しいという問題も存在した。
業績内容
受賞者らは、処理内容に応じて動的にハードウェアを再構成する動的再構成プロセッサDRP
(Dynamically Reconfigurable Processor)技術を1998年にNEC研究所にて発案して基本特許を出願した(後に成立)。この技術は、処理手順をハードウェアの「構造」(=一つ一つの処理を担当する演算器を多数並べて接続し、それらの総体で処理手順全体をカバーするもの)に展開して並列実行する新たな並列計算手法である。受賞者の本村が近年提唱している構造型情報処理の先駆的研究であると共に、いわば「ソフトなハードウェア」を実現した独創的・画期的なものであった。また、アーキテクチャの研究と並行して、多様なアプリケーションプログラムを前述のハードウェア構造に落とし込むための設計ツール群の研究も強力に推し進めた。DRPは2002年の国際会議発表、2007年の最初の製品搭載発表(ビデオカメラ)、2009年のデジタルカメラ数種への搭載などの研究及び事業化実績を経て、2011年に電子情報通信学会・業績賞を受賞している。
2011年以降、受賞者の本村らは、DRPの研究開発で培った再構成(リコンフィギュラブル)ハードウェアの考え方を昇華した「構造型情報処理」の概念を基に、北海道大学並びに東京工業大学においてAI処理向け集積回路の研究で大きな業績を収めている。2017年には世界で初めてバイナリ量子化の深層ニューラルネット(DNN)アクセラレータLSIを集積回路のトップレベル国際会議VLSIシンポジウムと同最高峰論文誌IEEE JSSCで発表した。続いて2018年には三次元積層型・対数量子化DNNアクセラレータLSIを集積回路の最高峰国際会議ISSCCとIEEE JSSCで発表し、各々世界初の業績として高い評価を受けた。2020年には、従来比3桁性能向上の組合せ最適化ソルバ(アニーリングマシン)LSIをISSCCとIEEE JSSCで発表、2021年には世界初のシフト演算型DNNアクセラレータをプロセッサLSI分野の最高峰国際会議HotChips2021で発表した。更に2022年には、隠れニューラルネットワークという新しいAI理論に基づく高エネルギー効率DNNチップをISSCCで発表した。これらの成果は、DRPを源流とする構造型情報処理技術をベースに、AI処理においてノイマン型アーキテクチャの非効率である様相を見極め、基本方式からLSI実証まで一気通貫に研究することで成し遂げられたものである。
一方、受賞者の戸井、藤井らは2011年以降、ルネサスエレクトロニクス社においてDRPのアーキテクチャ及びツール群の研究開発と事業拡大を推し進めている。近年、DRPは同社のキー差異化技術として位置づけられて組込み機器向けのマイコンLSI等に展開されている。主な用途は外部チップ(ペリフェラル)との連携や画像処理を分担し加速するプログラマブルなIP(Intellectual Property)コアである。DRP技術は既に多くの商用半導体チップに搭載され、事業面でも大きな成功を収めている。また、画期的な技術の実用化事例と認められて、DRP搭載マイコンは2018年以降の海外の製品賞を幾つも受賞している。更に、本村の前述のAIハードウェア研究活動と連携してDRPのAI応用拡大のための研究開発と製品展開を精力的に推し進めており、その基本構想(DRP-AIと呼ぶ)とチップ試作評価内容をトップレベル国際会議VLSIシンポジウム2018で発表した(図)。このDRP-AIは次世代のDRP技術とも呼べるものであり、この技術に基づくDRP搭載マイコン製品群及び組込み機器のスマート化に向けた応用構想が大きな注目を集めている。

図 DRP-AIアーキテクチャ
本業績の意義
今後の重要な非ノイマン型情報処理技術として、近年米国や中国でソフトウェア駆動型ハードウェアの研究が盛んになっている。DRPのアーキテクチャやプログラム実行方式、さらにはそのツール群は、まさにこのソフトウェア駆動型ハードウェアの先駆的研究である。DRPの強みや事業化成立の秘訣は、ハードウェア研究−ソフトウェア研究−事業開発の総合的なチームを作り、一時の刹那的な成功に惑わされることなく、その研究開発・事業開発を長期的な視野で進めたことである。今後、AI時代に適したアーキテクチャ思想としての飛躍が期待されるこの分野で、20年以上の蓄積による時間的アドバンテージを持つDRP技術の存在意義は、当該分野の日本の競争力を担保する意味において、極めて大きい。
