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第24回(令和6年度)山崎貞一賞 半導体及びシステム・情報・エレクトロニクス分野

指先の触感覚を超越可能な半導体ナノ触覚センサと各種センシングシステムの創製

受賞者
高尾 英邦(たかお ひでくに)
略歴
1998年 3月 豊橋技術科学大学 工学研究科 博士後期課程修了
1998年 4月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
1999年 4月 豊橋技術科学大学 助手
2005年 4月 豊橋技術科学大学 助教授 (准教授)
2009年 9月 香川大学 准教授
2014年 4月 香川大学 教授・微細構造デバイス統合研究センター長
現在に至る


授賞理由

  高尾氏は、触覚でもっとも繊細な感覚をもつ指先の「手触り感」を人間と同等以上の感度と分解能でセンシングするセンサの開発を目指し、半導体MEMS集積技術を用いて、手触り感の5因子である粗滑感・摩擦感・硬軟感・冷温感・乾湿感を同時に検出する半導体ナノ触覚センサの開発に世界で初めて成功した。同氏は、指先の指紋と触覚受容器の働きを模倣する方法として、センサの検知部をチップの端部に配し、センシング対象をチップの側面に沿って走査させる新しい「横型素子構造」の触覚センサを発明した。センサの先端部に熱流速センサを配する工夫などで冷温感・乾湿感のセンシングも可能とした。センサにより取得したデータに深層学習を適用し、人間がもつ触覚識別力を大きく上回る能力を持つ触覚センシングシステムを実現した。本技術は一部製品化され、手触り感を重視する衣料メーカ、紙オムツメーカ、化粧品メーカ、製紙・印刷メーカ、医療・看護研究の現場において実際に利用されている。様々な業種での応用に向けた共同研究も進んでおり、ナノ触覚センシングシステムという新分野を切り開いたと言える。
  以上の理由から、高尾氏を第24回山��貞一賞半導体及びシステム・情報・エレクトロニクス分野の受賞者とする。


研究開発の背景

  触覚は外界の情報を得る最も基本的感覚であり、その中で最も繊細な感覚をもつのは指先である。指先には、掴むことで力を感じる「力覚」と、なぞることで繊細な質感を感じる「手触り感」の能力が備わる。力覚分野においては、我が国が最先端といえる研究で世界をリードしており、完成度の高いセンサやセンシングシステムが数多く存在する。一方、繊細な質感を感じる「手触り感」分野は大きく立ち遅れており、最たる原因は必要な性能を持つセンシングデバイスが不在であることにある。
  従来から触覚センサの主流であった「力覚センサ」は接触部1カ所で全体の力を受け止める構造が一般的であり、入力部は幅1cm前後と大きい。そのため、力の向きと大きさを捉えることはできる一方、「手触り感」の決め手である微細な「テクスチャ」を捉えるために必要な高い空間分解能(形状の解像力)は実現できていない。さらに、「手触り感」を得るには単に「力覚」以外にも「硬さ」や「熱伝導性」、表面の「摩擦特性」など、様々な触覚的特徴を空間的な分布として同時に捉える必要がある。
  手触りを評価する従来の装置では、一般的に幅5mm〜数cmの大きさを持つ単一接触子とサンプルの固定用ステージが用いられている。接触部の寸法が大きければ触覚感度が高まる一方、テクスチャの計測に必要な空間分解能は得られなくなる。さらに、計測時は対象をステージに固定する必要があり、人間の肌や文化財など「侵襲不可」の対象を直接測ることは困難であった。


業績内容

 指先は対象を優しく「なぞる」だけで、その微細なテクスチャとなる凹凸や摩擦、硬さや熱などの質感的特徴を瞬時に感じ取り、脳が記憶する過去の経験や知識を踏まえて「手触り」を見極める。そこで受賞者は、対象をなぞる際の指紋の働きを模倣する独自の「横型センサ構造」を発明し、手触りの決め手となる微細な凹凸・摩擦力・表面硬さを高い感度と空間分解能で可視化・数値化することに初めて成功した。さらに、温度や熱流束など、機械量以外の材質的特徴を取得する要素を接触子先端部へ集積化し、手触り感センシングに必要な「5大触覚因子」全てを同時かつ空間的に取得する高分解能触覚センサを世界に先駆けて実現した。

図 DRP-AIアーキテクチャ

図1 指紋型接触子列を持つ半導体ナノ触覚センサ(第二世代)

   図1は指先の知覚限界以下の領域(サブミクロン領域)のテクスチャを取得可能な半導体ナノ触覚センサの一例である。チップの側面に指紋と同じ間隔で並ぶ複数の接触子を備える横型構造とし、過大な入力から保護する基準面、皮膚弾力を再現するバネ構造、接触子の動きを信号に変えるセンサ回路の全てが単結晶シリコン上に一体形成されている。横型構造では全要素を半導体加工の限界精度で形成できるとともに、バネや接触子、可動ギャップの寸法等をCAD上で自在かつ精密に設計可能である。結果として、凹凸分解能0.1μm以下、摩擦力感度9.9μN以下、最高空間分解能1.0μm以下の非常に高い性能を示す触覚センサが実現された。

図 DRP-AIアーキテクチャ

図2 ナノ触覚センサによる触覚テクスチャ計測波形の例(布地)


図 DRP-AIアーキテクチャ

図3 布地(綿下着)と金属(銅)をなぞる際の質感変化の様子

  図2は第一世代のナノ触覚センサで肌着表面を計測したテクスチャ波形である。電子顕微鏡との対比に示される様に、糸と編みから成る特徴的な表面凹凸とともに、随所の摩擦力変化が正確に捉えられている。この第一世代センサは既に製品化されているが、最新の第三世代では接触子上に微小なヒータと温度センサを集積しており、熱伝導性の違いなどから「柔らかさ」、「温もり」、「しっとり感」など、質感の決め手となる5つの触覚因子を同時に取得可能となった。図3は第三世代ナノ触覚センサで布地(綿下着)と金属(銅)を順になぞる際に捉えられるテクスチャの変化を示している。「温もり」を感じる布地では、糸の凹凸と摩擦を波動で感じるとともに、触れる前からの接触子温度低下は2℃前後に収まる。一方、「冷たさ」を感じる金属へ移ると、テクスチャ波形は金属の平滑さを示すとともに、熱流束の増加で接触子の先端温度は10℃近くも「冷やされて」いる。
  受賞者はナノ触覚センサの実用化(製品化)に成功するとともに、あらゆる対象をナノ触覚センサで自在に計測可能とする「手触り感スキャナ」を開発し、各種応用に向けたセンシングシステムを創製した。高品質の触覚データを「深層学習」で人間の感覚に結び付けることで、人間の能力を上回る「AI協働型触覚センシングシステム」を実現し、応用の可能性について実証を行った。図4は微妙な手触りの違いを持つ7種のティッシュペーパをリアルタイムに識別可能な触覚センシングシステムの例である。本システムは被験者5名の結果よりも3倍以上正確な「平均95.0%の正解率」で銘柄7種を区別可能であった。人間の能力を上回る触覚センシングがすでに実現され始めており、その性能を活かすための研究と実証が現在も様々な応用分野で進められている。

図 DRP-AIアーキテクチャ

図4 深層学習と統合した「AI協働型触覚センシングシステム」



本業績の意義

  「手触り感」は触覚センシングの分野で十分に実用化がなされていない未開の地であり、触覚に残る広大な開発フロンティアである。受賞者はこの分野における先導的な研究に取り組み、技術の実用化へとつなげている。本業績により、従来は実現され得なかった指先の感覚を可視化、数値化する技術が広く利用可能となった。ナノ触覚センサの製品化が進められたと同時に、その製品を用いて、様々な応用分野における企業での新しい触覚技術や製品への応用展開へとつながっている。
  また、上市化前の段階にある最新のナノ触覚技術については、産学間共同体制の下で各種の製品製造技術、美容、健康、介護、医療、看護学分野における共同研究が進められており、将来的に新製品への展開やサービスへのシステム応用などの展開が期待できる。
  ナノ触覚センサの高品質触覚データを用いて深層学習と組み合わせることで、指先が持つ触感覚の限界や触覚の識別・認知の能力を超越可能なシステムが既に実現され始めている。このことから、触覚における未知の価値を創出する新しい技術として将来を期待できる。

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