NMRと分子動力学計算を用いた低分子化合物-タンパク質間相互作用の解析(B0296)
NMRとMD計算で低分子化合物とタンパク質の相互作用を評価できます。
概要
生理活性化合物の中には、タンパク質を標的として作用する化合物が数多く存在します。そのため、低分子化合物とタンパク質間の相互作用について構造的な知見を得ることは薬剤の開発にとって非常に重要です。
本資料では、NMRと分子動力学計算を用いて溶液中におけるL-トリプトファンとウシ血清アルブミン(BSA)の相互作用を解析した事例を紹介します。
1H-DIRECTION法による低分子化合物-タンパク質間相互作用の分析
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DIRECTION法(※1)は、縦緩和時間T1(※2)を利用して低分子化合物とタンパク質の相互作用を解析するNMR測定法の一種です。
タンパク質水素の磁化を電磁波パルスで選択的に励起・飽和させると、この飽和磁化が結合した低分子化合物に移動します(飽和移動)。この影響でタンパク質との相互作用が強いほどT1が小さくなります。DIRECTION法では、タンパク質水素から低分子化合物へ飽和移動する条件としない条件で低分子化合物中の各水素核のT1を測定し、そこから導出した縦緩和速度の差から低分子化合物-タンパク質間の相互作用を解析します。縦緩和速度差は、各水素核とタンパク質水素との距離の6乗に反比例することが知られています。
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(※1)DIRECTION法: Difference of Inversion RECovery rates with and without Target IrradiatiON 法
(※2)縦緩和時間T1 :電磁波で励起された磁化の中で、外部の磁場と平行な成分が熱平衡状態(基底状態)に戻るまでの時間のこと。
分子動力学計算による低分子化合物-タンパク質間相互作用の解析
分子動力学(MD; Molecular Dynamics) 計算は、ニュートンの運動方程式を原子や分子に適用し、統計熱力学に基づいてその時間変化を追跡する手法です。MD計算を用いて、低分子化合物-タンパク質の系の自由エネルギーが最小となるような立体配座を求めることにより、各原子間距離や水素結合を形成する原子ペアをシミュレーションすることができます。
図4. 低分子化合物-タンパク質複合体の最安定配座例(PDB ID 3HTB)
分析事例:L-トリプトファンとBSAの分子間相互作用
重水緩衝液中にL-トリプトファンとBSAを溶解した系を対象に、1H-DIRECTION法を適用することでL-トリプトファン中の各水素原子核のタンパク質水素励起有無による縦緩和速度差を分析しました。その後、1H-DIRECTION法により得られた結果をもとに、分子動力学計算によりL-トリプトファンとBSA中のアミノ酸残基間の水素結合形成確率を導出しました。
図5 の結果より、L-トリプトファンはβH-1、2がBSA側に近接する形で結合していることが分かりました。
また図6 より、この状態ではBSA中409番目のアルギニン、410番目のチロシン、484番目のアルギニン残基とL-トリプトファンの極性基が水素結合している可能性が高いことが分かりました。